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プレッシャーリリーフドアの不思議

「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書」60ページより(太字は筆者による)
(1)スタビライザ・ジャッキ・スクリュ・アクセス・ドア(以下「プレッシャ・リリーフ・ドア」という。)は、後部胴体内のスタビライザ・ジャッキ・スクリュへのアクセス・ドアであると同時に、被与圧区域である後部圧力隔壁より後方の後部胴体内が何らかの原因で加圧され、一定の圧力に達すると開いて加圧空気を機外に放出し、構造部材の破壊を防ぐ機能も有している。加圧の原因としては、APU高圧空気ダクト及び後部圧力隔壁の破損等が考えられる。プレッシャ・リリーフ・ドアは面積0.485平方メートルを有し、前方がヒンジ、後方が(2)のラッチの外側へ開くドアである。

 (2)プレッシャ・リリーフ・ドアは、スプリング式のラッチ機構を有し、製造仕様書によると、ラッチ機構は後部胴体内と外気圧との圧力差が1.0psi〜1.5psiのときラッチが外れる(ドアは開く。)よう定められている。さらに、製造時にはラッチ機構のローラの中心線上に199.6キログラム(440ポンド)±18.1キログラム(40ポンド)の荷重をかけたとき、ラッチが外れるよう調整及び試験することが定められている。同機に装備されていたラッチ機構は、同機に装備されて以後修理または調整等の作業は行われていない(ラッチの調整はマニュアルで禁じられている)

(3)プレッシャ・リリーフ・ドアは地上において開状態に固定するためのステイ・ブレース(連結棒)がプレッシャ・リリーフ・ドア側の取付部で破損し、ステイ・ブレースと切り離されていた。ヒンジ付近のプレッシャ・リリーフ・ドア外板の端に、プレッシャ・リリーフ・ドアが開方向へオーバ・スウィングしたことにより発生したものとみられる変形があった。その他プレッシャ・リリーフ・ドアに損傷はなかった

(4)ラッチ機構のスプリングの長さは次のとおりであった。
分解前の長さ
 左側スプリング 69.8ミリメートル
 右側スプリング 71.5ミリメートル
分解後の長さ(自由長)
 左側スプリング 73.2ミリメートル
 右側スプリング 73.4ミリメートル

(5)当該ラッチ機構を分解した結果、ショルダ・ナットにトラニオンの間のこすれによるすり傷が認められた。ショルダ・ナットとトラニオンの間のこすれはプレッシャ・リリーフ・ドアを手動で開閉する場合には発生せずプレッシャ・リリーフ・ドアが閉状態から手動操作以外の力により開かれた場合にのみ発生する。しかし、ラッチ機構は2.16.5.2に前述のとおり、製造時に調整及び試験が行われており、この際にもショルダ・ナットにはトラニオンとの間のこすれによるすり傷が発生するものと考えられる。
 当該ショルダ・ナットに認められたすり傷が、製造時の試験の際に発生したもののみであるのか、あるいは同機の飛行中にラッチが外れた場合に発生するであろうすり傷が含まれているのかを明らかにすることはできなかった。

(6)ラッチ機構の製造者の定める要領に従って、プレッシャ・リリーフ・ドアの機能試験を実施した結果、プレッシャ・リリーフ・ドアは規定の199.6キログラム(440ポンド)に対して約110キログラム(3回の平均値)の荷重で開いた。

(7)ラッチ機構のローラ中心線上に加えられる荷重とドアが外気圧との差圧によって受ける圧力との関係は次の通りである。
ローラ中心線上の荷重     差圧
199.6キログラム       約1.2psi
110キログラム        約0.7psi

(8)同機の飛行中、異常事態発生前の客室と外気圧の差圧は、約8.66psiと推定される。したがって、飛行中後部胴体内が客室の空気圧により加圧されたものとすると、当該ドアは開いたものと推定される。

74ページより
 ただし、APU防火壁耐圧限界は4.00psi、垂直尾翼耐圧限界は4.75psiとし、APU防火壁及び垂直尾翼の内圧による破壊は瞬時に起こるとした。また、プレッシャ・リリーフ・ドアは開くが、ボディ・シールは損壊しないとした。

106ページより
(1)プレッシャ・リリーフ・ドア
このドアは墜落現場付近で発見された。事故初期においてこのドアが開いたかどうか知るための分解調査、試験等を行ったが、これを明らかにすることはできなかった。しかし、このドアは差圧1.0〜1.5psiで開口するように設計されており、またドアの損傷状態からも開口面積は後部圧力隔壁推定開口部からの流出空気を機外に放出するに十分な面積ではなく、尾部胴体内の圧力は急激に上昇したと推定される。

107ページより
 プレッシャ・リリーフ・ドアが開口し、APU防火壁が破れて尾部胴体後部から外部へ空気が流出しても、なお尾部胴体前部及びこれと通じている垂直尾翼の内部の圧力は上昇し、圧力が4psi程度上昇した時に垂直尾翼の破壊がアフト・トルクボックスのストリンガとリブコードの取付部において始まったとされる。

 報告書によればプレッシャーリリーフドアは相模湾上空で事故発生後すぐに開いていただろうという趣旨のことが述べられている。もし異常発生時にドアが開いていたら風圧によりドアは脱落していた可能性が高い。しかし墜落現場にプレッシャーリリーフドアは残されていた。調べてみると閉め忘れていた給油、給水ドアが目的地までついていた例はほとんどないとされている。
 2020年度の国土交通省による「部品欠落重量別・部品別割合」によれば、2020年度に報告された欠落部品の総数は1005件で、そのうちパネル、カバーは4%(40件ほど)である。確かに時速550km/hで飛ぶ航空機で可動する鉄の板がバタバタとはためいていたらすぐに取れてしまいそうだ。プレッシャーリリーフドアは本当に開いていたのだろうか。
 psi(プサイ)とは米国製の機材によるよる圧力単位の略称で「重量ポンド毎平方インチ」のことを言う。1psiは6894.76パスカルである。
 垂直尾翼の破壊強度は調査によるとB747型だと4.8psiから5.4psi、APU防火壁の破壊強度は3psiから4psi、そしてセクション48(胴体尾部、後部圧力隔壁の後部スペースで、垂直尾翼に繋がっている)の設計破壊強度は最大で1.5psiとなっている。この規格値はボーイング社が発行しているB747SR-100型機のマニュアルや、元日本航空パイロットであった藤田日出男氏の著書「隠された証言」にも記載されている。
 圧力隔壁の破損により移動した空気の塊は機体後部のAPU防火壁を押し出し機体後部もろとも海に脱落させた。物理学に詳しくない私はこれまで圧力隔壁の損傷により空気の塊が衝撃波のように発生しAPU防火壁を吹き飛ばしたのかと思っていたが事故調の報告書ではどうやら違うらしい。
 調べてみると空気の衝撃波は一方向にしか流れないらしい。そうなると後部圧力隔壁が割れそこから噴き出した空気の塊は垂直尾翼の方向には流れない。つまり、垂直尾翼を吹き飛ばしたのは空気の衝撃波ではなく機体後部に充満した圧力だというのだ。しかし、圧力隔壁の後部に圧力が急速に充満したのならば、なぜプレッシャーリリーフドアは開かなかったのか。開いたとするならばなぜそれで圧力を逃せなかったのだろうか。APU防火壁を吹き飛ばした圧力が3〜4psiとし、その圧力の衝撃波が直線にしか移動しないのならばAPU部分の破壊だけで済まなかった理由がなんなのかさっぱり理解できない。
 4.8〜5.4psiで破壊されるとされる充満した圧が垂直尾翼を吹き飛ばしたならば、垂直尾翼へ通じる部屋(セクション48の設計破壊強度は1.5psi)が最初に吹き飛び圧が逃げ、垂直尾翼は残っていたと考えるのが自然ではなかろうか。
 もし異常発生時にプレッシャーリリーフドアが開かなかったとするならば、尻もち事故で変形し開かなくなった可能性も考えられる。
 昭和53年12月14日付の航空事故調査委員会による「日本航空株式会社所属ボーイング式747SR-100型JA8119に関する航空事故報告書」によれば、機体は「中破」、「後部胴体下部(ステーション2100から2792まで)外板にすり傷及びしわ並びに縦通材及びフレームに湾曲及び変形を生じ、また、左右の主翼着陸装置に傷跡が生じた」とある。ステーション2100はE部位後方、2792はその最尾部である。

 その後の後部圧力隔壁にもひびが入っていたため、ボーイング社によって修理された。その際、後部胴体の下部と隔壁の下半分の一部を交換したとされる。とするならば尻もち事故のせいでプレッシャーリリーフドアが開かなかくなった話は可能性が低そうだ。
 そもそも圧力隔壁の事故ではない(セクション48部の加圧はされていない)可能性がある。どう読んでも首を傾げる自己報告書であるが、プレッシャーリリーフドアが墜落現場まで開かなかった理由はどうやら圧力隔壁ではなさそうだ。
 事故調の報告書を噛み砕くと、「もんのすごい速度で機体後部が加圧され先に垂直尾翼を破裂させその後APU防火壁を破壊してドアは開くどころではなかった」となるが、そうなるとものすごい速度で客室空間は減圧されたことになる。
 事故調は約0.2秒で防火壁とAPUを離脱させ、プレッシャーリリーフドアを開けたが、約0.3秒でプレッシャーリリーフドアが開きながらも機体尾部に大穴を開けつつ垂直尾翼側に高圧力が流れたことになっている。プレッシャーリリーフドアはなんの機能も果たさなかった訳だ。後部圧力隔壁から高圧の空気が流れたとして、まず損傷を受けるのは1.5psiの強度しかないセクション48の部位のはずである。空気は直線方向にしか移動しないため、APU防火壁を押し出すのは理解できる。しかし、上下にある開口部になぜ圧力が流れるのか理解に苦しむ。

 「3.2.3.2 APU防火壁を含む尾部胴体の損壊」の項を読むと、「後部圧力隔壁後方の胴体断面積は隔壁開口面積よりはるかに大きく、また、尾部胴体内には水平尾翼貫通部をはじめ胴体フレーム等多くの障害物があることから、この衝撃波によってAPU防火壁が損壊するとは考えられない。したがって、流入空気による構造の損壊は、静的な圧力上昇によって生じたものと推定される」とある。

 つまりは、「隔壁の破壊により、プレッシャーリリーフドアは開いたが、時速550km/hの風圧にもめげずバタバタとはためきながら変形もせず墜落現場まで運良くついていった」というなんとも奇妙な話である。

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