見出し画像

代表:伊藤久真としての2年

はじめに

劇団ユニバースセイジン公演【アネモネ】で音響・プロデューサーとして活動させていただきました。伊藤久真です。

前回、劇団ユニバースの2年間の活動についてまとめましたが、今回は
「代表:伊藤久真」
として個人的な思いを書き連ねていこうかなぁと思います。

読んで貰えたら嬉しいですけど、個人的にはあとで見返して何してたかわかる記録用として書こうと思うので文章がぐちゃぐちゃかもしれません。
それでも読んでくれるあなた、とてもありがとうございます


代表・プロデューサーという肩書

劇団ユニバースの2年間をまとめるということで、先日noteにまとめました。

これを作るにあたって劇団のLINEグループをさかのぼったところ
僕はこんな発言をしていました。

日付は2020/2/17
本当に最初の段階でこんな発言をしていました。

この時はプロデューサーという言葉の響きが好きで、リーダーになるって言ったんだと思います。
結果として最後までプロデューサーとして活動しました。




でも、実は卒業公演をやろう、と言い出したのは僕ではないのです。
言い出したのは他の子が言い出したんです。
僕はまとめたり、中心にいるのが好きだったのでリーダーに立候補したけれども、言い出しではないんです。
だから後々苦しい思いをすることもありましたが…

とにかく、2年前から
「プロデューサー」
という肩書を自らに付けました。

最初の仕事

そうしてプロデューサーとして最初の仕事は
延期
の決断でした。

延期を決断した日は稽古の日で、脚本の読み合わせをしようと公園に集まっていました。
ただあまりにも寒かったので、近くの喫茶店に逃げ込みました。

逃げ込んだ喫茶店(先日久しぶり行った)

そして話し合いをしました。
脚本ではなく、今後の活動についてです。

正直なところ当時僕は卒業公演をやりたくて仕方がなかったです。
演劇だけでなく、様々なライブやイベントが延期、中止を発表する中、
それでもやりたい、むしろチャンスなのではと思っていました。

ただキャストが
「この脚本を残りの期間で上演までもっていくのは難しい」
って言葉を聞き、僕は延期の決断をしました。

今となっては延期してよかったです。
延期したことで2年間いろんなことを学べたし、準備もできた。
もしこの時卒業公演を強行しても、あんなにお客さんに来ていただくことはできなかったと思います。
本当に延期してよかったです。


スミアンジュ

このことを書くためにこのnoteを書き始めました。

スミさんとは元々知り合いなわけではなく、何故かインスタをフォローしていてよく星野源の投稿をしている長良の人。こんな認識でした。

そんなスミさんに劇団ユニバース参加のお願いをしたのは2021/2/10






時効だと思うから正直に言います。
あの時はキャストが抜けて劇団ユニバースの公演が出来ない状況だったので、正直来てくれるのならば誰でもいい。
ってのが素直な当時の感情でした。本当にごめんなさい。

でも、そんな安易な考えは逆に僕を苦しめていきました。
決してスミさんが何かしたわけじゃないです。スミアンジュっていう存在がすごすぎたんです。

スミさんのいる岐阜地区の方々も2020年に卒業公演ということで僕らの卒業公演と同時期に動いていました。
Twitterのフォロワー数がぐんぐん抜かされていくのを見て、すげえなぁ、さすがだなぁと思ったことを覚えています。

そんな岐阜地区の方々が成人公演を計画していると知ったのは5月
スミさんから秋ごろにやります。いいですか?と連絡をくれました。
ぜひ開催してほしかったし、とても見たかった気持ちだったのでこの連絡をもらった時はとてもうれしかったです。


2021/11/13
成人公演2021『岐路』は無茶苦茶よかったです。今まで見た演劇で一番良かったです。お世辞とかじゃなくて本当の心で思います。


それに何よりスミさんが楽しそうにしてました。

恋人とかそういう関係じゃないからこの日本語はおかしいかもしれないけれど、とても嫉妬しました。

「スミさんむっちゃ生き生きしてたな」「演技とってもよかったな」
「脚本も延期になってからの自分たちの感情に沿っていて良かったな」
「この後に俺ら公演しようとしているのか」

そんなことを頭にたくさん抱えて帰路に向かったのを覚えています。

成人公演2021『岐路』のあと、スミさんは劇団ゼロに客演として出演されました。

ちゃんとお金を払う演劇で、名前もよく聞く劇団で、確かに舞台上でスミさんは演技をしていました。
これもとてもよかった。


先に公演した成人公演はすばらしかったし、何よりスミアンジュってやっぱすごいんだなって。


それにくらべて
本当に劇団ユニバースはできるのだろうか。本当に僕はいい作品を作れるのか。いい公演が出来るのか。お客さんは来てくれるのか。
その日の帰り牛丼屋で牛丼を食べながら泣いてました。


そして心のどこかでスミさんに対して申し訳ないな、変なものに巻き込ませてしまったな。と思っていました。


そんな気持ちで本番に日にちが近づいていく中、僕のもとに1つのお願いが届きました。
大垣市内のある高校に音響について説明会みたいなことをしてほしい、そして出来たら劇団ユニバースのキャストの人にも来てもらって演技指導をしてほしいというお願いでした。

説明会の日程を調整するためにキャストとLINEしている中、スミさんからLINEが

「私は西濃でもないしユニバースのメンバーじゃないから行かない方がいいのでは…?」

正直どう返事をすればいいのかわからず、通知は来ているけど文面が浮かびませんでした。

確かにスミさんは西濃地区じゃなくて岐阜地区だし、僕らと高校時代に関わりがあったわけではありませんでした。

ただ、劇団ユニバースとしてスミアンジュは人数合わせの代役ではとっくになくなっており、大事な存在だった。

だからと言ってあんな素晴らしい演技をしている、有名な劇団にお呼ばれしている人をメンバーと言って、足を引っ張ってしまうのではないか。名を汚してしまうのではないか。

考えた末、
「西濃ではないけどれっきとしたユニバースのメンバーでは……???」
と送りました。

スミさんのnoteには

かっこつけた言い方でも改まった言い方でもなく、当たり前みたいに言った。

劇団ユニバースの一員だった時間について/スミアンジュのnote

こう書かれていたけど、僕の気持ちは全然違っていました笑

地区が違うことで認めてくれないかもしれない、メンバーと言われることで迷惑だと思われるかもしれない。

けれどやっぱり劇団ユニバースにとって大事な存在だし、メンバーでいて欲しい。

そんな願いを込めて
丁寧に優しく。でも、頼むから届いてくれ

って、力いっぱい投げ込んだ勝負の一言でした。

その言葉が届いたかどうかはその時にはわからなかったけれど、スミさんのnoteを見て今は胸をなでおろしています。


公演後、スミさんは僕にお礼をくれましたが
この人は何を言っているんだと、思いました。

お礼を言うのはこっちです。
簡単なお願いで来ていただけて、周りの土地も人も知らない環境で2年間も一緒に活動していただいて
照明もお願いして運んでいただいて。

本当に頭が上がりません。
本当にありがとうございました。


人生20周年ベストアルバム

劇団ユニバースの第一次稽古が始まった2021年2月
こんなツイートを僕はしました。

"ベストアルバム"の例えをなぜしたかというと

  • 記念年や記念日によくアーティストが発売している

  • 新曲だけでなく過去の曲も入っている

  • 発売の時は派手にプロモーションする

この3つを今回の公演にあてはめると

  • 20年という切りのいい節目の歳

  • 古くからお世話になった人や出来事もふくめたい

  • 宣伝や公演を派手にする

こんな感じでこのセイジン公演をやっていこうと考えていました。

だから【アネモネ】に関して僕のテーマは

20年分のベストアルバム

でした。

まず20年という切りのいい節目の歳という点においては
セイジン公演って名前にもあるように、成人だけでつくりたいという意識がありました。

資材協力に関しては難しいけれども、クレジットに載る名前は全員新成人にしたというこだわりがありました。

だからアー写撮影も新成人の子ですし、予約案内ビデオの音楽も新成人の子が作ってくれました。

古くからお世話になった人や出来事もふくめたいに関しては
音響の機材を貸していただいたお店が
昔、中学の時に僕がバンド練習や楽器の購入でお世話になったお店だったり

装置製作をした劇団大根役者という劇団は
僕が高校の時、演劇部でサボりだったやつらを勝手に集めて作った架空の劇団だったりと、知る人は知るという内容でした。

ここはとても個人的な内容です。


最後の宣伝や公演を派手にする
これが今回の僕の1番大きな目標であり、モチベーションでした。


決して喧嘩を売っているわけじゃないです。それを先に書いておきます。

今回、公演を行うにあたって他の劇団や同い年が行うイベントよりド派手にしたいと思っていました。

それこそ、岐阜地区の成人公演に対してもそう思っていたし、知り合いがいる劇団や、後輩たちに対しても。

別に勝ち負けはないし、戦っているわけではないけれども
それでも負けたくないという思いでした。


じゃあ、具体的にどうするか。

まずは宣伝をド派手にやろうと考えました。
宣伝で必ず必要になるのが、アーティスト写真だと思い、計画しました。

周りの知り合いでは、ちゃんとしたアーティスト写真を撮っている人はあまり聞いたことがなかったし、何よりインパクトがあってみんなの目に留まりやすいだろうなと。

それにいろんなメディアさんに宣伝してもらう時も、アーティスト写真があれば取り上げてもらいやすいだろうなぁと考えていました。

私は大学の方で宣伝やプロモーションの勉強もしていたため、せっかくなら使おうと実行しました。

結果、フリーペーパー、新聞、テレビなど
アマチュア演劇では珍しく、
ましてや1回も今まで公演をしていないのに取り上げていただくことが出来ました。


本番の会場を派手にする、ということに関しては

「会場=これから宇宙旅行に飛び立つ宇宙船」

というイメージを頭の中に描いていました。

だから、パンフレットも機内ガイド風にしましたし、
5分前のベルをやめて離陸前の機内アナウンスのようにしました。

特に音響に関しては、自分の好きな分野なので特別豪華にしようと思っていました。

前にあるスピーカーは無駄に大きいスピーカーにして
無駄に客席後方にも設置して
演者用のスピーカーもあえてお客さんに見えるようにすることで
全体としてメカニックなイメージを演出しようと考えていました。

ここまでこだわれば負けないだろう、
さぁ劇団ユニバースいざ出発。そんな気分でした。

なんせ20年の節目のものなので、ド派手にやらせていただきました。


劇団ユニバースは今まで、このセイジン公演のために活動してきました。

だから、これから劇団ユニバースをどうするかは全然決めていなかったし、第一に本当に終わるのかな、っていう気分でした。

だから、次回公演の予定は本当にありません。
やるかもしれないし、やらないかもしれないし。

僕個人としてはありがたいことに、いろいろお話をいただいているので

次はまた違う形で
皆様がたのしんでいただける、ワクワクしていただけるものを提供していければいいなぁと思っています。

さいごまで長い文を読んでいただいてありがとうございました。

伊藤久真




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?