アルゼンチンで1300円のチップをもらって泣いた話

涙というのは不思議なものだ。悲しみや怒りを感じたとき、そして嬉しいときにも涙は流れ落ちる。

しかし大人になると、なかなか涙を流す機会がない。あなたはいつ、どんな時に涙を流しただろうか?僕はアルゼンチンに移住して2回涙を流した。


憧れの海外生活、一見すると華やかなイメージがあるが、厳しい現実を迎えることの方が多い。アルゼンチンに移住した最初の3ヶ月間、僕は無職だった。日本から持ってきた貯金を崩しながら生活する日々。

履歴書を送っても返事のメールや電話を受け取ることはない。なりふり構わず多くの会社に足を運び、履歴書を渡し始めた。それでも結果は0。

当たり前ではあるが、ろくにコミュニケーションを取れない外国人を採用する会社などそうそうない。

「考えが甘かった」

そんな中幸運なことにも、園芸店での職が見つかった。職を贅沢に選べる立場ではないので、喜んで仕事に向かった。


正直に言うと、仕事を見つけるのがこんなに大変だと思わなかった。MARCHに属する大学を卒業し、在学中もアルバイトに困ることはなく、就活も希望通り外資系高級ホテルに幹部候補生として採用された。日本ではイージーモードだった。しかし外国では違う。


クビにされないように一生懸命働いた。もう職探しはこりごりだった。毎日行く職場があるだけで満足だ。不満はないわけではないが、あえて見ないようにしていた。

仕事自体は楽しかった。どうやら植物を世話するのは僕に合っているみたいだ。同僚もフレンドリー、残業なし、スペイン語も少しずつだが上達していった。問題は1つだけ。給料である。

当時、子供が産まれたばかりの僕には数多くの出費があった。暮らせないほどの給料ではない。しかし贅沢は一切できない。毎月映画館に行けない、外食もできない、嫁に服も買ってやれない。

給料を上げるよう頼むと良いとアドバイスをもらったが、頼み込む勇気がない。何度も頼もうとしたが口から言葉が出てこない。「もしクビになったら」、いつもこの考えが頭をよぎった。

僕の給料を知っている嫁家族は、頻繁に僕たちを食事に誘ってくれた。この厚意は一生忘れない。しかし同時に重くのしかかる、外国人で生活するという現実に絶望しかけていた。

大きなストレスはなかった。しかし、小さなストレスが知らず知らずのうちに溜まっていった。


アルゼンチンでは客がスタッフにチップを渡すことがある。僕もまた10ペソ、20ペソのチップを渡される機会が多々あったが、「ノーグラシアス、セニョール(結構です)」と全て断ってきた。

理由はチップを受け取ると、自分がかわいそうな奴、みじめな奴に変化しそうなのが怖かったからだ。変なプライド、間違った思いである。

もっとはっきり言えば、心のどこかでアルゼンチンを下に見ていたのかもしれない。チップを受け取ると、アルゼンチン人に負けたような気がした。

誤解のないように言うと、当時もアルゼンチン人は大好きだったし、尊敬もしていた。日本と同じように素晴らしい国と人々である。

しかし、当時の僕はクソみたいなプライドや考えを、完全に心の中から排除できていなかった。


ある時お店に、弁護士のお客さんがやってきた。ちょうどお店で働いているのが僕一人だけだったので、彼の気に入る植物を勧め、 車まで積んであげた。帰り際、彼はポケットをゴソゴソとしていた。

「ああ、チップか。いらないよ」

内心そう思った。すると彼が渡そうとするのは、僕がいつも使うのを躊躇していたお札が2枚。200ペソだ。毎週貰う給料袋に15枚入っているお札だった。

日本円にすると約1300円。3年も前のことなので、日本円での金額は覚えていないが、当時の僕にとっては大金だったことは覚えている。

完全に不意を突かれた僕は「私にですか?」と変な質問をしてしまった。「もちろん。ありがとう。」と彼は言い、僕のシャツの胸ポケットに2枚のお札を入れた。

断ることができなかった。「ありがとうございます」と言うと、彼は車で去って行った。

その日の帰り道、自転車をこいでいると涙がポロポロと流れた。どんな感情かは分からないが、嬉しさではない。悔しさや悲しみが混ざった感情だろう。


当時の僕はアルゼンチン人に負けないという謎の気負いやプライドがあった。職場に向かう時、帰宅する時に聴いていた音楽はエミネムの"Not Afraid"。

歌詞の意味など関係なく、サビ部分の”I'm not afraid(俺は恐れていないぞ)”部分だけが気に入っていたからだ。

声を上げて泣くことはできなかったが、人目を憚らずに涙は流せた。とは言っても、自転車なので誰も気づいていないだろうが。嫁も、嫁家族も、友人もこの事は知らない。

この時の気持ちは一生忘れない。当時の僕にとっては、1300円を稼ぐことは難しかったのだ。


昨日、2回目の涙を流した。夜まで仕事をしている僕のところに嫁がやって来た。彼女は「いつも仕事頑張ってくれてありがとうね」と言った。その一言が心に刺さり、涙を止めることができなかった。

今回は涙を拭いてくれる人がいる。今は昔のように不自由ばかりの生活をしていない。映画館にも、外食にも行ける。月に何回も行こうと思えば行けるのだ。嫁に好きな服だって買ってやれる。スペイン語も上達した。


お金で幸福は買えないけど、お金がないと良い生活はできない。


もちろん海外生活は楽しいこともたくさんある。日本の暮らしにはない自由や楽しさ、刺激もある。

今は心の底からアルゼンチンを愛している。人も、国も、自然も、全てを愛している。無意識にしろ優劣をつけようとした自分は恥じている。

別に海外生活に不安を抱かせようというつもりはない。実際、今では貧乏生活時代も、職探しに苦労したことも良い思い出だ。


そう、何もかもが良い思い出になるし、ならなければいけないのだ。

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奥川

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