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万年メンヘラ。いつか、胸をはって自分の人生を語れるようになりたい。

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マガジン

  • 過去の自分を好きになるためエッセイ(メンタルヘルス系)

    自伝。 生きづらさを感じながら、ただひたすらに生きていく。 胸を張って私は生きていると、みんなに言いたい。

最近の記事

ADHDと向き合うことは自分を理解することだった

私が大人のADHDだと診断され、半年。 もうこんな生活はいやだ!自分を変えたい!と 一念発起して、心療内科の門を叩いた年末。 強い意志を持って病院に向かったのもあり、診断を貰ってから6ヶ月で、私の考え方は大きく変わった気がします。 私が抱えていた問題そもそも、私が年末に有給をとってまで心療内科へ行こう!と思ったのは、一人暮らしの生活がままならないためでした。 光熱費の支払いが滞り、支払い書がどこにあるかも分からない、足の踏み場のない部屋 .. 支払い催促状もなくしてし

    • 大人のADHDと向き合う

      私はずっと昔からADHDなんだと思う。 幼少期から認められるからこそADHDなのだけれど、自分で確信をもってそうかも!と思ったのは、意外とここ数年の話だったりします。 それまでも、部屋の汚さからもしかして?と思うときもあったけれど、そこまで深刻に考えてませんでした。 初めての一人暮らしはドタバタ今思い返しても、学生の頃の私は身の回りの事が何もできていませんでした。 電気ガス水道がいつ支払ったのか、催促状もどのにあるのかわからず、毎月のように、いつ止まるのかヒヤヒヤして

      • 私と性と、初めての話

        今更ですが、メンタル的な内容を含みますので苦手な方はご注意ください。 今までのお話はこちらから つらつらと、過去2回私がADHDであるとか 母との関係性についてお話しましたが 私の人生を語るなら、性 についてお話しなければいけないです。 今はもう乗り越えたと思っていますが、思春期から成人してしばらくするまで、荒れていました。 貞操観念とか、男女関係を持つことに対しての価値観や、自分について深く考えたこともありませんでした。 私と性。幼い頃から成人してまで、切っても

        • 幼少期の思い出

          プロローグ、自己紹介などはこちらから。 https://note.mu/im_mochi/n/n445af7daedb4 さて、私が幼かった頃のお話をします。 私はなんてことない普通の家庭に長女として生を受けました。 祖父母・両親は未だに健在ですし、仲も良く、円満な家庭といっても過言ではありません。 4つ上の兄がいて、2人兄弟でした。 幼少期から明るく元気な子ども自分で言うのも恥ずかしいですが、私はやんちゃなタイプだったと思います。話し出したら止まらず、騒ぐタイプでもあ

        ADHDと向き合うことは自分を理解することだった

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        • 過去の自分を好きになるためエッセイ(メンタルヘルス系)
          5本

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          生きづらさの中に私はあるのか -ADHDと共に-

          暖かくなったり、と思えば途端に寒風が吹いて。 そしてあっというまに春が来て、桜の時期になります。 雪の日は早く暖かくなることを望んでいたのに、いざ春が見え隠れすると、少し寂しく感じるものですね。 はじめに私は23区在住、一人暮らし独身アラサーOLで、年末にADHDと診断されました。 AC(Adalut Children)と言われたこともあります。 常に生きづらさを感じ、社会に馴染めない疎外感を抱えながら ここ(アラサー)まで来ました。 今回、noteに私がドタバタと過ごし

          生きづらさの中に私はあるのか -ADHDと共に-