『ぷかりの、遊園』02

 『子供の発達における遊び環境の重要性 ―都会の中で公園が果たす役割―』
というのが、森永さんの卒論のタイトルだった。
「いろいろ長い題だけど、要は公園と子供ってことだよ」
 と言って、森永さんは笑った。
「なんだか不釣合いですね。森永さんと」
 と私が言うと、
「いろんなとこで言われるよ」
 と森永さんは答えた。
 森永さんはただの大学四年生にしておくのにはもったいないくらい綺麗な顔立ちで、服装はいつもカジュアルで、なのに眩い茶髪と耳に光るピアスとで一気にちゃらちゃらした印象になってしまっていて、なんとも中途半端な見た目だった。
 そして彼がそういう格好で通っているのは、教育の分野に力を入れていることで有名な私立大学の保育学科で、森永さんは卒業後、保育園で働くのだと言っていた。
「保父さんですか?」
 と訊くと、森永さんは、今は保父や保母とは言わずに保育士と言うんだ、と教えてくれた。
「保育って、女の世界なんだ。大学も周りは女子ばっかりだよ」
「女子ばっかりの中でぽつんと、勉強しているんですか」
「そう、ぽつんとね。学科の九割女子さ。信じらんないだろ」
 森永さんは言って、笑った。
「信じられないし、似合わないですね。保育って感じに見えないです」
 私は言いながら、森永さんはそれじゃあさぞ大学では女の子にもてるのだろうな、とふと思った。
「俺もそう思う。でもしょうがない。やりたいもんは、やりたいんだから」
 森永さんは、いつも笑っていた。
 私が森永さんに取材という名目で会ったのは、最初の一、二回だけだった。
 彼の取材が済むと、私たちはそれ以外の目的で会うようになった。その目的とは例えば、森永さんが持っている漫画を借りるとか、借りた漫画を返すとか、彼が公園の近くまで来たから寄ってみたとか、そういうことだったけれど、大抵は卒論がらみの用事をこなすためだった。彼が持ち帰って書き落としたり考察したりした取材の詳細を、改めて私に確認する作業のためだ。
 私が取材として彼に話したことは、自分の子供の頃のことだとか、この公園が自分にとってどんな存在かとか、本当に自分よがりの感想みたいなことばかりだったのに、その私の感想を彼は実によく考察していて驚いた。
 うんと小さな頃、揺れているブランコに怖くて近寄れなかったこと。自分で乗って漕げるようになった時のどんなにうれしかったか。
 五歳くらいの時に、公園で知らない子と遊んで仲良くなって、次の日も遊ぶ約束をしたのにその子は二度と来なかったこと。家に帰って泣いて、どうしてその子が来なかったのかずっと考えていたこと。
 小学生の時、クラスの友人と汽車の中で日が暮れるまでおしゃべりしたこと。汽車の中があんまり居心地がいいから、食べ物やゲームやシール帳なんかを持ち込んで、いっそここに住もうか、などと話していたこと。
 つつじが綺麗で、毎年必ず見にくること。
 彼は私が話したいくつかの思い出から、「きしゃぽっぽ公園」が私にとってかなり重要な場所だったという答えを導き出した。彼はこう言った。
「この公園はあまり大きくはないし、遊び道具も少ないけど、それでも子供にとってはものすごく大事な場所なんだろうね。野々村さんも、この場所でいろんな経験をしてる。うれしいこと、悲しいこと、恐怖とか、疑問とか、安心感とか。そういうさまざまな経験が、今の野々村さんの基本形を作っていったんだね」
 彼はこうも言った。
「この街は都会だから、ビルとかマンションとかが乱立してて子供がのびのび遊べる場所があまりないんだ。ここは狭いけど開けているし、少しだけど木とか植物も生えてて、子供が安心して自由に遊んでいるね。こういう場所は本当に貴重だよ。あ、あの汽車もいいよね」
 森永さんは公園の汽車が本当に気に入っているみたいだった。彼が公園に来る時は、必ず汽車の中に入った。
「野々村さんの話の中にも、この汽車はかなり登場してたね。ということは、野々村さんの幼少期を知るには、ここに実際に入ってみることが一番だよね」
 森永さんは、言い訳のようにいつもそう言った。けれど、本当は彼自身、汽車の中に入りたかっただけなのだと思う。
 彼はしっかり物事を考えられて、頭も良いし、見た目に反してすごく人に気を使える丁寧な感じの人だったけれど、そういう子供っぽいところもあるんだなあ、と私は少しずつ思い始めていた。

続く

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