『ぷかりの、遊園』05

 私たちは度々、あの汽車の中で会った。会って、おしゃべりをし、ただ黙って手を握って、眠ってしまったり、起きて笑い合い、そしてたくさんのキスをして、愛し合った。
 森永さんは中肉中背で、色も白いけれど、腕や脚やお腹や、いろんな部分が少しずつ私より硬かった。私はこれが、男の人のからだなのだと知った。
「怖い?」
 初めての時、森永さんが訊いた。私は首を横に振った。
「これは大丈夫。森永さんだし」
 私は言った。彼は、私が日々の営みのもろもろが苦手になり億劫になってしまっていて、そのせいで頑なになってしまっていることを、私との会話の中で重々理解してくれていた。そのせいでいくつかの薬が手放せないということも。だから何か新しいことをする時には必ず、「怖くない? 大丈夫? 絶対に無理はしないで」と言ってくれていた。
 私にとって森永さんは初めて関係をもった男性だったけれど、彼は過去に一人付き合った女の子がいた。
 それを聞いたのは秋のだいぶ深まってきた気温が一日中低かった日で、私は下着の上に長袖を着て、カーデガンも着て、その上ジャンパーも着ていた。森永さんはよく似合うカーキのジャンパーに襟付きのシャツ、長袖と袖なしの下着を二枚重ねで着ていた。
「下着を二枚着るくらいなら、何かはおればいいのに」と笑うと、「持ち合わせがない」と耳元で内緒話みたいに言い返された深夜だった。二人ともぶるぶる震えていたのでちょっとせわしなかった。そういうことの一つ一つが、くだらなく楽しいのだ。
「いつ、付き合ってたの?」
 私は訊いた。痛いとわかっているのに剥いてしまうささくれみたいに、好きという気持ちにはきりがない。掘り下げてもしかたのない過去を、しかたないと思いながらやっぱり掘削する。やぼだな、良くないと思いつつ、どんどん囲い込みたくなる。ああ、自分にもこんなところがあるんだと思うと、無念でもあり、これがオンナゴコロというやつかな? と密かに笑いたくもなった。
「高校二年の時かな。同じ高校の同級生で、大学が別々になったからか、だんだん疎遠になって大学一年の時に別れた」
「どんな人?」
「同じクラスだった。正直あんまり目立たない感じの子で、席替えで隣に座るまで話したこともなかったし、話そうとも思わなかった。でもいざ話してみると、頭の中ではいろんなことを考えてる子で、びっくりした。考えてばっかりで、なかなか全部を口に出して言ってはくれないんだけど」
 森永さんは言った。遠い昔を思い出すみたいに、汽車の車窓から外の植え込みのあたりを見つめていた。その植え込みは、公園内にただ一つの街路灯に照らされて鈍く光っていた。彼の横顔を見ていると、徐々に彼の言ったことが私の心に浸透してきて、それが実感を伴って浮き立った。
「その人を、好きだったのね?」
 私は言った。
「ああ、もしかして、やきもちをお焼きになってる?」
 森永さんは笑った。
「そうね、ものすごく居たたまれない」
 私が言うと、森永さんは私を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。抱きしめられたところで実感が薄らぐわけでもなく、状況の本質はたぶん何も変わらない。けれど少なくとも、この時私は包まれてあたたかかった。
 たぶんやきもちなんてものは、焼こうと思えばデジタルカメラの写真みたいに、いくらでも簡単に焼き増しできるものなんだろうな、と私は思った。おかしいことでも何でもない。カレー料理屋の前を通ればカレー粉の、韓国料理店の前を通ればごま油の匂いがするように、それは至極当たり前のことなのだ。
悪ではないし罪でもない。けして明るい気持ちになるものでもないけれど。
「それで、その人のどんなところが好きだったの?」
「あれ、まだ話すの? お餅焼いちゃったのに」
 森永さんはまた笑った。
「そうよ、焼いたお餅を食べながら聞くんだよ。こんなふうに、あんこ塗って」
 私はそう言って、ふざけて手の上の透明なお餅に、透明なスプーンであんこを塗った。
「じゃあ俺もいただこう」
 と彼が言うので、右手を取ってあんこを塗ろうとしたら、「俺、醤油がいい」と言うので醤油を塗ってあげた。二人してぱりっ、とか、さくっ、とか言いながらお餅を齧る真似をした。
 そうして、森永さんはその後、その昔付き合っていた女の子の話をしてくれた。彼が話すと、彼の顎の骨を伝って、私の頭蓋骨に骨伝導みたいに声が響く。目を閉じてその震えを感じていた。私はそれをきらきら光る悲しみの中で聞いていた。
 その夜は悲しい夜になったけれど、嫌な夜ではなかった。森永さんの声から生まれた震えは、私の心の震えになり、それを素直に思った私の嫉妬心を清らかに浄化させた。
 嫉妬がなくなったというのではないけれど、その人は森永さんのこれまで営んできた歴史の一部であり、そこを経由して私の前に現れた彼を、今は私が引き継いで歴史を紡ぐ、という一連の繋がりが見えてくると、その人の存在がある種の恩恵のような、あるいは私たちに働く一つの作用のようなものに感じられたのだ。
 これはもしかしたら、私の心が自主防衛をするために、嫉妬を正当化して、またはその毒素を最小限に薄めようと健気に努力している成果なのかもしれない。けれど、自分の心にそんな機能が付いていることを私は初めて知ったし、その機能を実際に使ってみたのはもちろん初めてだし、人間の心というものは、案外柔軟にできているんだな、と思った。
 そんなことがしみじみとわかった夜だから、その時の私の震えは、悲しみと前向きさの混血児なのだった。

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