新たなる挑戦。自動車部品工場が氷の頂点を目指す

皆さんは、「アイスクライミング」というスポーツをご存知だろうか。
その名の通り、「氷を登る競技」である。もちろんつるつるの氷を手で登るわけではない。アックスと呼ばれる、先端に歯のついた斧を道具に使う。説明するより、見たほうが早いだろう。

この様に、エキサイティングでクレイジーな場所を道具と己の体で登っていくのである。僕なら絶対にやりたくない。まだ死にたくない。しかし、これはれっきとしたスポーツであり、特に寒い地域では競技としても定着し始めていて、次期冬季オリンピックの競技になる可能性もある。僕の勤める旭鉄工および i Smart Technologiesでは、このアイスクライミングの日本代表、門田ギハード氏のアックスを作っている。しかし、なぜ一介の自動車部品工場が、アイスクライミングの道具を作っているのだろう?

発端

2018の春、ギハードさんと近況を報告し合う機会があった。学生時代から知っていて、国内・海外問わずいろいろな場所を旅をした仲である。僕が1月に転職した、自動車部品メーカー兼ITスタートアップとして働いているという話をすると、彼からアックスを製作してくれないか?という話があった。

アイスクライミングを本格的に初めて3年、冬季ワールドカップに日本代表として出場するほどになっており、自分の家をトレーニング場にするくらい本気で取り組んでいる。聞くところによれば、アックスのメインはロシア(クルコノギ社)であり、トップ選手には、オリジナルのアックスを製作する者もいる。自動車部品製作で培った設計・生産技術を生かして、信用できる日本製のアックスをオーダーメイドしたいという話だった。
話を聞いて僕は、プロジェクトとして進めたいと思った。これを社長に言うと「おもしろそうじゃん、いいよ、別に。」とのこと。こうして、プロジェクトはスタートした。

旭鉄工&iSTCでプロジェクトをやる理由

僕がアイスアックス製作を引き受けた理由は3つある。

・ 自動車部品製造技術を、「道具を使うスポーツ」にスピンオフしてみたかった・ 製造からデータまでフルサポートでスポーツを支えてみたかった・ エモかったから

日本は、昔から道具を使うスポーツに強い。野球・リレー・卓球などなど。それだけ道具を丁寧に製作し、道具の隅々まで理解し使いこなすことに長けている。製造技術と器用さの合わせ技で、他国より抜きん出た成果を出せているのだと思う。
アイスクライミングも、道具が重要なスポーツだ。トップレベルの選手に、自動車部品メーカとして培った技術を駆使し、本気のオーダーメイド製作でどのくらい世界に通用するのか試したくなったのだ。

また、僕の会社は自動車部品メーカと同時にITスタートアップでもある。工場に併設された形で、IoTサービスプロバイダが存在するのだ。「日本一現場に近いIoTスタートアップ」を自負しており、工場と超密接な関係を築いている。この関係性を利用し、「製造からデータ分析までトータルサポート」という挑戦をしてみたかったのである。うまくいけば、他社では達成し得ない競技サポートチームを作れるのではないか。そんな想いで製造側として挑戦をしている。1年目の今年は動的データ分析まではいかなかったが、次年からはデータを集め、アックスはもちろん、競技者へのフィードバックを行えるようにしていくつもりだ。

そしてなんと言っても最後はエモいかどうかである。ギハードさんの「世界最強の国産アックスを作りたい」という一言は、僕の厨二心に完全にヒットした。面白い、チャレンジしてみよう。そして現在に至る。

今年の成績

アックスは超々ジュラルミンの総削りで製造している。それには設計・試験含め様々な議論があった。今季は、8月から12月という超絶タイトな日程で製造を行った。設計・強度計算にして14バージョン。そこから実機の削りが3バージョンと、設計と強度側で密に議論w、スピード感のある製造が実現した。

アックス設計のポイントは、端的には「軽量化と強度の両立」である。今回は先端をトラス構造(三角の穴抜き)にしてみた。こだわりポイントはかかる応力によって構造を変えており、おそらく世界でも類を見ないアイディアである。この辺の話はとても面白く、また考えさせられることも多かったので別途書きたいと思う。

ギハードさんには、実際に完成したアックスを提供し、アイスクライミングのワールドカップでチャレンジしてもらっている。ワールドカップ韓国戦では、日本選手歴代2人目となるTOP10入り(9位)を達成した。日本人競技者最年少というおまけ付きだ。

アイスクライミングの聖地は韓国で、各国の猛者が集まる最もハイレベルな大会の一つと言われている。前年は17位なので、大幅な躍進。もちろんギハードさんの鍛錬の賜物だが、オーダーメイドのアックスがその一助となっていれば嬉しい。また、他競技選手に見せると、「良いアックスだ。私のも作って欲しい」との評価を多くいただき、製作側としては達成感でいっぱいである。

0.0001点の壁を越える

しかし、ワールドカップは8位までが決勝進出である。今回の韓国大会のリザルトを見ると、こんな感じ。あと0.0001点で決勝進出だった。

細かい読み方は抜きにして、限りなく惜しい結果だったことが伝われば良い。あと0.0001点。ギハードさんに聞けば、この差は点数以上に大きいという。来シーズンも、我々旭鉄工とiSTCはギハードさんのスポンサーをする予定である。今回は年間通して検討ができるため、そこでまた、いろいろと試行錯誤をしたい。

さて、来シーズンの目標はデータ連携である。明日からアメリカのデンバーにてワールドカップが開かれる。ワールドカップ最終戦ということで、気合の入った選手が多いとのこと。

実は僕、動画では何度か観たが、まだ一度も生でコンペを観たことが無い。自分たちが製作したアックスが使われている様子と、データ連携のためにどこに注目したら良いのかを生で見ようということで、アメリカ遠征に同行させてもらうことにした。来シーズンに、この0.0001の壁を越えるために、サポート側として全力で取り組みたいと思う。


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