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ベトナムの若者同性愛を描いた映画「Goodbye Mother」と監督インタビュー

先日のnoteではベトナムにおいてLGBTの存在が徐々に受容されつつあるかな、という現状について書かせて頂きました。

そんなこの夏、今月16日、ベトナムにおいて映画「Thưa mẹ con đi(英語名Goodbye mother)」が公開されました。これは、アメリカで9年間を過ごしたベトナム人青年が、在米越僑の男性の恋人を連れて帰るところから始まる、ゲイの青年と彼を取り巻く家族の物語です。

ベトナムのLGBT青年を描く、恋愛・家族映画

7月にYoutube上に公開された上記トレーラーが好評であった一方、「無事公開されるかな…?」との心配もしていました。というのも、以下ツイートでもあるように、時に「センシティブ」とベトナム政府当局が判断する場合には、映画が事前に、或いは公開数日で公開中止に追い込まれることは、ベトナムではよくあるからです。でも、映画は無事に上映され、早速筆者も映画を観てきました。

美しい描写、同性愛の若者の愛と家族の葛藤

映画は、あまりネタバレしない程度に感想を書きますと、とても美しい映画ものでした。メコンデルタ地域の美しい風景と、ゲイの恋人とそれを薄々感じ始める母親へ打ち明けられないでいる葛藤などが、どれも非常に美しく描かれています。これまで多くのベトナム映画内でのゲイの描かれ方がどうしても「ピエロ役」、いわゆる昔の日本でも多かった「オカマ」という役まわりであったのに対し、この映画では共にイケメンな両主人公による愛が真正面から描かれていて、そしてそれに戸惑う母親の葛藤と家族愛、特にLGBTという要素を意識しなくとも感動的な映画として観れてしまう、という印象を受けました。特に母親を演じた女優、Hồng Đàoの演技は光っていました。

当然そこで問題となるのは家族、社会がそれをどう受け入れるかというところで、この映画でもそれは大きなテーマとして描かれていました。その点は正直もう少し掘り下げて映し出しても面白かったかなあという感じは残りましたが、そこは以下インタビューで監督の言う「多様なあり方」としておきたかったのかもしれません。

8月27日の段階で観客数は10万人を突破、まあ大ヒットとは言えませんが、ハリウッド映画や「ライオンキング」「コナン」といったアニメ映画が同時上映される中で、上映回数などが限られた中では健闘というところでしょうか。監督は「まだ利益が出るには至っていないが、こういうテーマの映画として10万人が観てくれたのは成功だ」としています。コメントにもありましたが、ベトナムではこの映画が「18禁」になっているのも、営業的には痛かったかもしれません。

監督の語るベトナムのLGBTとメディア・エンタメの世界

そんなこの映画を製作したTrịnh Đình Lê Minh氏が映画公開前にベトナム紙Tui Trのインタビューに答え、映画について、そしてベトナムにおけるLGBTの社会の受け入れ方、家族の受け入れ方、そしてエンターテイメント界での表象のされ方について話をしています。映画のネタバレになるようなところは避け、彼がベトナムにおけるLGBTについて語っているところに関して、以下に抄訳していきたいと思います。

(記者)ベトナムにおいても、ここ最近はLGBTについて社会がより寛容になっていると思うが、それでも実際にはまだ多くの差別があるようだ。監督はこれをどう思うか?

(監督)よく覚えているのは、7年前にKien Giang省で二人の同性愛の女性が結婚式を挙げている(訳注:いくつかのニュース記事では男性同士の結婚式とあります、誤植かな?)と、地方政府が結婚式に乗り込んできてその場で結婚式を中止させた事件があり、とても憤りを覚えたこと。同性婚にしては、以前は婚姻法で「同性婚は禁止」とされていたが、法改正後の今は禁止ではなくなった。同性婚を認知はしていないものの、禁止をすることはなくなったのだ。とはいえ、今でも同性婚の結婚式を譴責するような、或いは「見世物」にするようなネット記事は後を絶えない。

ベトナム社会もオープンにはなってきたが、まだLGBTを普通のこととみなすまでには至っていない。その「違い」の心理を乗り越えられたときに、初めてLGBTが普通のことになったと言えるだろう。

(記者)自分の子供がLGBTだと知った時に「信じられない」「受け入れられない」と感じる両親はまだ多いだろう。

(監督)それは理解できる感情だ。まだLGBTが新しい概念として普及し始めた時に、「我が家のことでない限りは受け入れられる」という状態だろう。家族と家系を残していくという今も残る観念とも関係がある。家族が本当に互いの選択に耳を傾け、理解しあうことで、やっと皆が思いを寄せ、返ってくる場所になり得るだろう。そして皆が自分を抑制することなく、自然体でいられるようになって初めて、真に平等な関係になったと言えるのではないか。

(記者)メディアや芸能の世界は、LGBTへの偏見をなくすのに貢献していると思うか、それとも害となっているか?

(監督)近年の映画でも「Chuyến đi cui cùng ca ch Phng(Ms.Phungの最後の旅路」(訳注:所謂「ニューハーフショー」を行う劇団でのトランスジェンダーの人たちの人間模様を描いたドキュメンタリー)や「Đi tìm Phong(Phongを探しに)」(訳注:男性から女性へと性転換を行ったPhongのドキュメンタリー)などは、LGBTの世界の見方や多くの感動をもたらし、LGBT外の世界により明確な定義を与えたと思う。一方、「Để Mai tính」は多くの視聴者の評価を得たものの、そこで描かれた姿にLGBTの人々は反感を感じもした。最近のメディアや芸能界が「LGBT」というキーワードをよく使いたがるかもわかる、それは社会がそちらの方のバランスに動いているからだろう。

どのアプローチにも間違いはないと思う。ただある一つの描き方に偏り過ぎると、LGBTという新しい概念に固定観念を与えてしまうと思う。やるべきことはとにかく他と違う形で表現することで、通り一遍ではなく、多様性を与えることが大事である。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。