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試験への信頼は取り戻せたのか?ベトナム受験生、試験監督、採点者の暑い夏

ベトナムの学校は9月が入学式、小中高の学生は6ー8月は長い夏休みの季節です。しかし、高校受験、大学受験を控える若者にとっては最も「熱い」季節を迎えます。受験もこの季節に当たるからです。以前のベトナムでは高校卒業試験と大学入学試験が別々に行われていました。効率化のため、5年前から高校卒業試験の点数が志望大学のノルマとなる点数を超えていれば入学できるという、「2in1」のシステムに変わりました(これはこれで賛否両論あるよう)。

今年の試験は特に注目されました。それは、去年の試験から大規模な不正受験、汚職事件が色々な地方省で摘発されていたからです(以下TuoiTre紙の連載記事より抄訳しながら)。毎年全国トップレベルの成績を残した学生は、毎年メディアの取材を受ける、いわばその時代の「天才児」と注目されるのですが、2018年の試験で特に好成績を残したトップ11位の生徒は、一人を除いてメディアからの取材を全く受け付けず、個人のFacebookページも閉じてしまうなど、急にその存在を隠そうとしたからです。「天才児」の周辺の学生も「普段そんなに勉強してない」「試験中も寝ていた」などインターネット上で異論を上げ始め、問題は大きくなっていきました。問題を告発した教師のFacebookはハッカーに乗っ取られ、ページが閉じられてしまいます。

その後、地方省人民委員会(地方政府)教育当局幹部や公安などを巻き込んだ大規模な不正スキャンダルが暴露され、多くの地方省幹部が逮捕、或いは共産党党籍はく奪(ベトナムの政治キャリアとしては「アウト」)となりました。この試験結果を巡って多くのニュースが駆け巡り、ネットでは「試験点数が水増しされたのは誰の子だ?」との報道が過熱。名前こそ出ないものの、その水増し試験成績でどの大学に行ったかがばっちりわかり、多くがその地方省人民委員会幹部の子息でした。地元の権力者が自分の子供たちへの「忖度」を大規模に図ったのです。そのリストには「既に退学」との文字もありますが、退学させられたか、いたたまれなく退学したかは定かではありません。今月中旬には事件の発端となったハザン省幹部の裁判が開かれ、更なる詳細が明らかになってくるでしょう。

それを受けた今年2019年の試験、これまで以上に「監視」の目が大量投入されました。教育行政のみならず、大量の公安が出動、そして本来は高校卒業試験なのですが、大学入学と直接の関係があるということで、多くの大学教員も各地の省・市、郡に派遣され、試験監督などに動員されました。大学教育が大学入試ではなく高校卒業試験に駆り出されるのは「世界でもベトナム以外にないだろう」と上記TuoiTre紙記事でも皮肉交じりで伝えています。

筆者のベトナム知人は大学で教えているので、「試験監督」の仕事が回って来たそう。彼曰く「本当に大変だった」と。会場入りは朝6時、しかも自分で集合してはならず、指定場所にバスで集まらなければいけないので、朝4時起きで朝5時に集合場所へ、相互監視下の元に会場入り。携帯電話は試験中どころか、その試験監督を行う期間中の4日間丸々取り上げられ使用禁止。会場はカメラで24時間監視、試験会場はクーラーも無い部屋で部屋をひと時たりとも出ることもできず、トイレにも一人では行けず。「受験生よりも大変だった」は大げさかもしれませんが、ともかくも大分お疲れで大きなため息。それでも「これくらい厳しくしないと、試験の公正さは担保できない」と話していたのが印象的だし、それくらい不正がどこでも行われているのでしょう。

しかも、多くの不正は試験の採点過程で起こったということで、試験監督にも増して、採点者の「監視」は試験監督、受験者を更に超えるものだったようです。VTVベトナムテレビのニュースで観られるように、カメラが設置された教室で、正に受験生と同じように監視されながら採点する先生たち、その教室を公安が巡回して警備しています。その答案情報をコード化する人員は採点会場から少し離れたホテルを貸し切りにして(!?)、携帯電話など全て取り上げて隔離する力の入れよう。ここまでみてお判りでしょう、テストで不正と言って思いつくのはカンニングなどですが、結局は皆「大人の不正」を大人同士で取り締まっているのです。

子供の頃からこういった権力をバックに不正で成り上がることを覚えてしまうのは、ベトナムの人材育成にとっても悲しいこと。でもそれを主導しているのは結局は大人たち。今回は権力で点数を買った話が中心ですが、同時に「お金で裏口入学」も実際はかなりある模様。「厳しすぎるけど、これくらいやらないと」という試験監督の声が、問題の根深さを物語っています。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。