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またもや再燃するか?南シナ海問題と中越関係:米中貿易戦争と香港デモの陰で

中越関係を語る上では避けることができないのが南シナ海を巡る領土・領海問題。それが再び、いやもう何度目かわからない位沢山の回数にはなりますが、また再燃の気配を見せています。現在米中貿易戦争、香港デモなど、国際世論の耳目を集める中国の話題で満載なので、必ずしも大きく報道されていませんが、ここでその情勢をまとめつつ、先行きについて自分なりに考えてみました。

領土問題のコアとなる地下資源への探査行為

現在問題になっているのは、今年7月頃からの中国による資源探査船の動きです。ベトナムの排他的経済水域で活動しているのが海洋地質8号、中国地質調査局の探査船ですので、その狙いは自ずと明白です。2014年の激しい反中デモの際も、南シナ海パラセル諸島近海で中国が石油採掘プラットフォームを設置したことがそのきっかけとなりました。

進出を繰り返している場所はベトナム語で「Đá Chữ Thập」と呼ばれるファイアリー・クロス礁周辺、以下地図の印の位置になります。ベトナムの行政としては以下地図上のニャチャンもある「Khánh Hòa省」の「Trường Sa県に属する」と主張していますが、1988年より中国側により占拠され、周辺の埋め立て、軍事施設、そして滑走路も建設され、事実上中国側の軍事拠点になってしまっています。こちらリンク記事内には同地域での中国側の活動、建築物の写真が多く見られます。

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その後、ベトナム外務省も報道官談話として、繰り返される排他的経済水域への探査船進入を非難してきましたが、離れてはまた接近、進入、という行為を繰り返しました。アメリカの高官や軍関係者からも懸念を示す発言が相次ぎます。


2014年に反中デモが起きた際にも、デモに使ってくれと言わんばかりのカラー写真を新聞に折り込んで配り、デモに積極的に協力していたTuoiTre紙。7月の探査船進入以降、連日南シナ海問題をトップに取り上げ、読者の関心を喚起しています。問題の重要性も然ることながら、対中国関連の記事はベトナムメディアにとっても読者の関心をそそり易い「鉄板」なので、大きく取り上げるのは当然でしょう。とはいえ、中国探査船を日々取り上げるその報道からは、やはり5年前のデモに至った勢いを想起してしまいます。

7月に連日報道が続き、8月も続き、最近は少し収まったかなあと思ったら、9月7日に再び探査船「海洋地質8号」がベトナムの領海内に入り、「違法に占拠されている」Đá Chữ Thập(ファイアリー・クロス礁)にも立ち寄っていることが、9月10日付現地紙で報道されました。9月8日には日本・東京でも100名規模と小規模ながらベトナム人による反中デモが実施され、南シナ海問題の再燃がまたも懸念されます(ただベトナム国内メディアではなく、報道はBBCのみというのはポイント)。

中国に不利な時期の再燃?

中国側としては、マクロ情勢から言えば世界の覇権を争う相手となっているアメリカとの、米中貿易戦争真っ只中。そして、現在焦眉の急は香港情勢。犯罪者引渡条例をきっかけとした香港市民のデモにどう対処するか、香港政府に、香港にどういうシグナルを送るかということが、日々、そして思っていたよりも長期間続く課題となっています。更にはその香港情勢でも一つのメルクマールと考えられている「10月1日」、中華人民共和国建国70周年の国慶節はもうすぐに控えています。

このような状態の中で、更に南シナ海問題でも同時に事を構えたいのか、マクロの視点から言うと疑問もあります。中央政府と連携の取れた動きなのか、それとも何らかの突発的な動きなのか?ただ、いずれにせよ大国アメリカ、「一国二制度」の香港と比べれば、南シナ海の問題は何か大勢に影響を及ぼすことはないと思っているかとは思います。唯一、2014年のように反中デモのような事態になることは10月1日の前には避けたいと思うでしょう。8、9月と外務省の正式な反対表明はあるものの、それ以上の政府高官からの発言はなく、またベトナム国内メディアもややトーンダウンしているのは、ベトナム政府に「依頼」でもしたのでしょうか。

ベトナムにとっても微妙な時期、再燃は避けたい?

一方、現在はベトナムの政情もやや微妙な時期に差し掛かっています。5年に1回の周期で人事が変わるベトナムでは2021年から新人事が始まる予定。その意味で、今年から来年にかけては、ただでさえ「政治の季節」と言われる時期になります。2018年にクアン国家主席が亡くなられて以降、総書記と国家主席を兼任しているチョン総書記は4月に脳梗塞で倒れて以降公務に出たり出なかったりが続きましたが、ここ最近は積極的な公務への参加が報道され、健在ぶりをアピールしています。一時はメディアにも姿を現せないくらいの衰え振りかと思いきや、彼が主導するといわれる「ベトナム版反汚職戦争」もまた勢いを増して捜査、処分などが進み、今度は一転して「延期していた訪米&トランプ大統領との会談は10月か?」との噂も出るほどになってきました。

とはいえ今年で75歳のチョン総書記が2021年以降も続投することは流石に考えにくい情勢。反汚職運動&「政治の季節」でもあり、中・高級幹部が決断をしない先送り安全運転モードに入っている今日この頃、やたらと政策判断が「首相案件」になるフック首相は大忙しですが、その分存在感は上がっています。一方、7月にはガン国会議長が訪中し、習近平国家主席と会談したことで「彼女も更なる政治的高みに関心か?」と噂を引く場面も。しかし、そのガン国会議長訪中の最中に7月の探査船進入が頻繁になるなど、「わざわざ彼女が訪中しているタイミングで?」というのも憶測を呼びます。

そんな中での今回の南シナ海問題を、誰が主導で、どういう形で対処するのか、これはベトナム国内政治にも大変大きなインパクトがありそうです。逆に言えば、この時期に政治的「超難問」である南シナ海に向き合いたくない、というのがベトナム指導者陣の心理とも考えられ、外務省報道官発言「程度」に抗議を抑えて、国民を煽るようなことは避けているのかなとも。

ロシアも参戦?事態は米中越の三国志から「四国志」へ

とは言え、実務的には動いてるなあと思わせるのは最近のニュース。南シナ海の石油資源開発に関し、ベトナムTrịnh Đình Dũng副首相が、国際法に則った、ベトナム沿海大陸棚での石油開発へのロシア企業参入を歓迎すると表面したとのニュース。上記、9/7に再度確認された海洋地質8号の動きは、偶然の一致なのか、それともこういったロシアとの動きを察してのことなのでしょうか?

「突然ロシア?」と思われるかもしれませんが、旧ソ連時代からベトナムとロシアは要人往来、技術協力、留学生・労働者派遣から観光交流まで、非常につながりの深い国。現在ベトナム政府中枢にいる60代以上にはソ連・東欧留学組が多く、今でも関係は大変深い国同士です。ドイモイ後すぐに開発の始まったバクホー油田(Mỏ dầu Bạch Hổ)をソ連の企業と共同開発するなど、石油開発での協力も伝統的な協力分野の一つ。

南シナ海の問題は動きが日々あるので、先行きを見通すのは難しいものです。そんな中、米中越の「三国志」から、米中露越の「四国志」にして、大国間のバランスを取る中で、事を荒らげないようにしつつベトナムが自国の権益を保持できるのでしょうか?政治的にセンシティブなこの時期に、全方位外交には長けたベトナムの腕の見せ所と言えるでしょう。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。