退屈と音楽と平凡な5人組

忘れもしないね、あの日のことは。高校一年生の僕らは、二学期中間テスト前日の金曜日の昼休みだったかな、屋上にいたんだ。僕らってのは、T・KとN・TとK・KとH・・・・・・あれっ、こいつの苗字何だったっけな、忘れちまったや・・・・・・と僕の五人さ。今でもよくそのメンバーとは話すんだ。ちなみにK・KはHのことを○○○って呼んでんだけど、ここでは言えないよ。女の子には絶対言って欲しくない言葉だね。関係ないけどさ。

その日はよく晴れてて、秋晴れって言葉はこの日のためにあるんじゃないか、って思うほどだったな。金木犀のあの甘ったるいにおいがプカプカしてて、一年のうちで一番幸せな気持ちになるよね。眠気だってすぐ僕を襲ってしまうんだ。秋眠、鐘の音を覚えず、ってところさ。

実際綺麗だったな、その時の風景は。何かの絵みたいだったんだ。両手の親指と人差し指で四角をつくってみるよね、遠くに見える山を中心にだよ。その山にはちらほらと赤とか黄とかが混ざり始めててさ、空はただ碧いんだ。対照的だったね、その二つは。

だけど、その四角の中にチャペルだけは入れないことをお勧めするよ。サビれた、安っぽい、ハリボテみたいなチャペルさ。特にあの出っ張った三角の屋根とあの鐘がね、妙に浮いちゃうんだよ。だって屋根は出来たてのカサブタみたいにヤな色なのに、いつもより高いところにいるから、そいつがとてもよく見えちまうんだ。あと、みんなはチャペルの鐘のことで何か気づくことなかった? 僕は一つあったんだ。それは、そいつがいっつも傾いてたってことさ。インチキだよ、あんなの。どれだけ綺麗なんだろうね、チャペルなんてなかったら。想像するだけでワクワクするよ。

それからはずっと下らない会話さ。いつもなら二分もそうしてりゃヘドがでるようなのばっかり。けど、その時は面白かったんだ、そんな会話が。みんな生き生きしてたよ。多分スリルって肴があったからだろうね。別に授業をサボってた訳でもなけりゃ煙草なんてもってのほかだったね。屋上にいた、ただそれだけさ。でも、ハラハラしたんだよ、やっぱり。自分たちが少し大人になった気もしたね。今思うとよっぽど子供らしいんだけどさ、そんなの。

そうだ、も一つ書くべき話があったよ。モヒカン山──わかるだろ? てっぺんにだけ木の生えたあの変な山さ──の上にでっかい真っ白な雲があったんだ。どこまでも碧い空しかなかったのにさ、そいつ以外は。だから、みんなでそいつを見ては、思いつく限りの悪口を浴びせたんだ。一番ひどいのなんてすごかったね。

「あの雲は翳り一つない俺らの青春を汚しやがる」

だってさ、詩人だよ、T・Kは。実際そいつの白はナースみたいに可憐な白じゃなくて、ヨボヨボのジイさんの不健康な皮膚を想わせる白だったんだ。どんなのか分かんない人は、夏にでも地方の海辺やなんかに行ってごらんよ。そんなのがウジャウジャいるはずさ。そんなもんだから、みんな納得したよ。後にも先にもないだろうね、真剣に雲を恨むことなんて。なぜそこまで思ったかって、僕はそんなジイさんが大嫌いなんだ、滅入っちまうからかな。願わくは、そんなのになっちまう前に死んじゃいたいね。みんなもそうだろ? 

何度も言うけどほんと下らないことばっかり話してたんだ。最初はまだ良かったよ。だけど、途中からはもう大変だったね。それこそヘドがでる一歩前さ。でも、何とか耐えれたのは、僕が半分その話を聞き流していたからかもしれないな。っていうのも僕の頭の中ではトランジスタラジオ──わかるだろ? RCサクセションの謳ったあの名曲さ──がずっと流れてたんだ。そのまんまの歌詞と、あの高めの声がピッタリだったね。聴いてみてよ。よく分かってもらえると思うな、あの時の僕の気持ちが。急に先生がたくさん入ってくるまでずっと消えなかったんだ。ここから先の話は、もう良いかな。一つだけ言えることは、先生ってのは、余計なことばっかりしなくちゃ気がすまないんだろう、ってことさ。

その二年後の十月三十一日、世間はハローウィーンで、ぎこちなくだけど、盛り上がってた、ただそれだけの日。でも、僕らにとってはも少し特別な日だったね。そんな日に──時効だろうから言うけど──もう一度屋上に上ったんだ、今度は僕一人で。その時初めて、いろんなことを実感したよ。校舎が取り壊されること、あと半年弱で卒業すること。寂しいと思ったのもその時が初めてさ。何をしてたかって言うと、ボーッと比叡山の方を眺めてた、ただそれだけさ。最初は何も変わってないじゃないか、って安心したんだ。でも気づいたね、二年前とは違うことに、たくさん。もう金木犀のにおいはしなかった。右の方に綺麗なレンガの新校舎ができていた。比叡山はゆでダコみたいに紅潮していた。夕焼けで空は燃えてて、ヨボヨボのジイさん──あのでっかい白い雲のことだよ──もどこかへいなくなっちまった。それと、も一つ何かがなくなっていた。形だけの礼拝をするためだけの空間。ケツ一つ分の居場所がみんなに確保されていて、はっきりしない静寂の漂う空間。嫌でも他人の存在を感じる空間。時間を潰すために色んなことを反芻する空間。宙ぶらりんの自分がジットリと僕にまとわりつく空間。そう、チャペルさ。

雲にしたって、チャペルにしたって、あの時は邪魔だった。でも何だってそうさ、僕が本当は好きなものからなくなっちまうんだ、いつも。


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