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普通の言葉が素敵な言葉③     「それな」「それちゃ」

かつて、夏目漱石は「Ⅰ LOVE YOU」を
「月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と語ったことがある
という有名な逸話。その真偽は別としても昭和の時代、
「僕と結婚して下さい」の代わりにプロポーズの言葉としてよく描かれた
言葉に「毎朝、俺の味噌汁作ってほしい」というものがありました。

ドラマやコントでは「俺の苗字になってみないか」なんて言葉も
よく耳にしました。当時の「遠回し」の定型句と言えるのかもしれません。
そういった定番の言葉でなくても、「好き」や「愛してる」に
負けないくらい思いが伝わる言葉も存在する気がします。

普通の言葉が素敵な言葉だなぁと感じます。

「それな」「それちゃ」

「勇人、昨日の『方言ボーイズ』見た?」
「あ。忘れてた」
「もったいな。昨日、お前んところの方言の回だったよ?」
「そうなんや。帰って見る」
「なんだよ。せっかく話振ったのに・・」
「ごめん、やっぱオンタイムで見ないと話し遅れるね」
「それな」

そう言うと、大学入って知り合った同級生は俺の先を歩いた。

「それな」

こっちに来て初めて触れた言葉。
最初「~じゃん」とか「~でしょ」よりも違和感を覚えた。
俺も言うようになるんかな。
って思ったりしてたけど、6月にはもう言ってる自分がいた。

それは同時に18年使ってきた「そぇやろ」
「せやろ」「そやろ」の間くらいの「そぇやろ」が減ってるってことを
意味した。他人からしたら「だけ何なん?」って話やと思うけど。

           ◇

「それな」が自分の口にもなじんできたなって思え始めた頃、
サークルで知り合った和美さんに学食で言われた。

「勇人ってだんだん方言、消えて来たよね」

自分では意識して方言減らしてた。でも、
「そうですか?自分では気づいてなかったです」とリアクション。
和美さんとは同じ年。でも俺は浪人して入ったから1個下。だから敬語。

和美さんは、自販機で買えば120円で済むのに、
わざわざ250円払って食券で注文したアイスコーヒーを飲んでいる。

「勇人の方言、なんか好きだったから、なんかショック。」
「あの方言がですか?」
「そう」
「じゃあ戻した方がいいと思います?」
「意識して方言に戻すのって逆に引くかも。」
「それな。」
「今の「それな」は若干違う気する。てか、タメ語だし」
「あ。すみません」
「ため語は別にいいけど。
 てか「それな」を勇人の地元の言葉で言ったら?」
「何やろ・・『ね』だけとか。かもです」
「なんか普通」
「あ、あと『それちゃ』とか言うかもです」
「それちゃ?」
「はい。授業めんどくさ・・それな。授業めんどくさ‥それちゃ。
 みたいな感じなんで、多分一緒です」
「それちゃ・・なんかウケる」
「別に面白くないすよ」
「それちゃ・・使うの難しそう」
「普通ですよ?」
「普通って言われても難しいよちゃ。多分、普通じゃないよちゃ」
「・・馬鹿にしてます?」
「馬鹿にしてないよちゃ」
「ひどっ。100パー馬鹿にしとるやん」
「あ、方言出た」
「話し逸らされてもごまかされないんで」
「ごめんよちゃ」
「もういいっす」
「ウソウソウソ、ごめんごめん」

和美さんは謝りながら、グラスの中の氷をストローで回した。
そのうちのひとつの氷をほおばる。

「勇人もいる?」
「何をですか?」
「氷」


「いらないですよ!ソーシャルディスタンス、ガン無視じゃないすか」


「‥それな」
「そうですよ」
「ちなみに‥アイスコーヒーのこと レイコ―って言うの?」
「言わないすね。それって関西の人ですよね?しかも結構年が上の・・」
「じゃあアイスコーヒーは?」
「普通にアイスコーヒーです。
 多分ですけど、方言って和美さんが思ってるよりはあんまないですよ?」「でもいいなぁ方言」
「そうですか?こっちは逆に出んようにしようって思ってますけどね」
「だって、なんかキャラつくじゃん。」
「キャラって言ってる時点で、面白設定じゃないですか。
 モテるとかとは別次元ですよ」
「そんなことなくない?」
「だって、方言しゃべる男好きですか?」
「嫌いじゃないよ?」
「絶対ウソですよ。和美さん、アニメの「方言男子」知ってます?」

「君の方言、私もしゃべりたいよ?」

和美さんが、そのアニメの定番のセリフを真似た。

「そう、それです。あんま似てなかったけど、それです」
「その一言余計」
「すみません。てか、あんなことあり得んくないですか?
 わざわざ田舎の方言しゃべりたいとか全然信じれん」
「・・そう?東京の人って逆に方言に憧れたりってわりとあるよ?
 好きな人の方言は、普通に使ってみたいって思うし。
 大阪弁に憧れる人とか結構いるじゃん?」
「大阪弁は別ですよ。東京でも大阪弁はそのままでOKですって
 方言パスポートが発行されてますから」
「方言パスポートw」
「そうですよ。大阪弁以外の方言は、東京来たらそっと身を隠すんです」
「でも私、勇人の方言はいい感じだったと思ってたよちゃ」

「ん?」
「今の使い方あってる?上手く使えてた?」
「全然」
「全然?」
「はい、『思ってたよちゃ』とか言う人ゼロです。
 それ言うなら『思っとったよ』『思っとるよ』とかじゃないですか?」「なるほど。難しいなちゃ」
「そこは『難しいちゃ』とか『難しいわ』ですね」
「なるほど。やっぱムズイちゃ」
「そっちの方がスムーズかもです。
 でもやっぱり、こっちの人が方言使うの違和感ですね」
「それな。
 ‥あ、今のところで『それちゃ』か」
「そうです。てか何なんすかこの方言指導の時間。無意味~」
「もっと覚えよっと」
「覚えんでいいですよ。覚えても意味ないし」
「そんなことないんだなぁ。
 ‥あ、今のところで『そんなことないちゃ』か」
「・・ん?」
「ん?」

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18歳まで「北九弁」と言う
同じ福岡の方言「博多弁」に比べると認知度の低い方言で
育ちました。

不思議なもので話していた頃はその自覚はなく、
「北九州には方言ないちゃ。ほとんど標準語と一緒やけね」
と思っていた記憶があります。

上京してすぐに「標準語」を意識して使い、
いつからか自然と使い、
それでも地元に帰れば自然と方言。
と思っているんですが昨今、
「その方言何?」って思う言葉に出会います。

「やおない」

久々に会ったあった同級生の口からぽろっと出た言葉、
「それ何?」と思いました。

「やおない。なんそれ」
「やおないは、やおないよ」
「知らん。そんな昔、言葉なかったやろ」
「あったちゃ。昔から使いよったよ?」

気づかない所で北九弁、忘れて来たんかなぁと若干焦りました。










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