2021年4月11日 「GⅠ 桜花賞・6枠12番 ヨカヨカ」

馬券を「馬の名前」で買うことってありますか?
私はありません。どの馬も名前に関係なく、
自分の力を出し切って懸命に走っているからです。

それでも変わった馬名にはやっぱりインパクトを感じるので、
覚えやすいのは事実。
「エガオヲミセテなんていい名前だったな・・」
「ギガトンって、強そうな名前だったな」などなど、
今でも年に何度か思い出します。

 ちなみに‥馬主になったらどんな名前を付けるか?
その疑似体験ができるゲームと言えば「ダービースタリオン」に
はまった20代、私は「イマノ」を冠にしていました。
「イマノマツタカコ」と、名付けた馬が3冠牝馬となったのを
覚えています。


「孤独のグルメ」と言う「食」をテーマにしたドラマが人気だが、
広樹は思う。
競馬場には『孤独の馬券』を楽しんでいる人が結構いる。
結構どころか半分以上は、そうかもしれない。
広樹も、漏れなくその1人だ。

―さぁ、ついに来たぞ。

競馬場に入れるのは久々だ。何カ月も「はずれ」が続けていた入場券の
抽選にやっと当たった。馬券だけでなく、入場券まで当たらないことが
常になっていた中で、まさか桜花賞の日の抽選に当たるとは運がいい。
競馬を好きになって20年以上、広樹にとっては初めての阪神競馬場だ。

転勤で関西異動を命じられたのが、去年の春。
家族を東京に残し、単身赴任での生活が始まった。

関西暮らし。長くて4年だろう。この機会に阪神・京都と競馬場を満喫してやろうと思っていたところ、新型コロナウイルスの影響で競馬場が
無観客開催となった。せっかく関西にいるのに、自宅のテレビで観戦。
何か損した気分のする週末が続いた。

それでも・・マンションを借りた豊中市には、
近所に乗馬センターがあった。その気になればいつでも馬を眺められる。
それだけで街には満足。競馬場に入れない土日、
かつて競走馬だったであろう馬たちのトレーニングを眺めては、
1人暮らしの退屈さを癒した。

―でもやっぱり、競馬場を走る馬は格別だ。

10レース、ターフを駆けた馬達を見てその幸せを満喫する。
狙ったメロディーレーンは伸びることなく、後方でゴールしたが満足だ。
菊花賞挑戦から注目を集め人気も出たメロディーレーンも生で見れた。
良かった。

テレビ観戦も悪くはない。だが、テレビから聞こえる馬が走る音は効果音。それっぽい雰囲気が出るように音を合成して本物じゃない。
やっぱり芝生を踏み駆ける音がいい。

―さぁ‥次はいよいよ本番。桜花賞だ。ヨカヨカ、頑張って欲しいなぁ。

多くの競馬好きと同様に、
広樹も名前で馬券の買う買わないを決めることはない。
もちろんインパクトのある名前の馬は覚えやすい。
だが、どんな名前の馬だって真剣に走っている。
名前でレースが決まるわけじゃない。
名前で馬が走るなら
「モチ」はいつでも先行で粘り切っただろう。
「チーター」だって、前を100%捕まえたはずだ。
「クロタカ」は空を飛んだだろう。
「モリチヅル」は、レース後のコメントを自ら語ったかもしれない。
でもそんなことは、もちろんない。
馬は、どんな名前でも自分自身の力を出し切るべく懸命に走る。

とはいえ・・今回に限っては名前で買いたくなる。
今年の桜花賞は特別だ。
「ヨカヨカ、3着ないかなぁ・・」
思わず独り言つ。
どうしてもその可能性を見つけたい思いからまた馬柱を凝視する。

発走まではあと20分を切った。
そろそろ馬券買わないと・・とは思っているが、
未だヨカヨカを買う根拠を見つけられてはいない。

桜花賞は、前走でチューリップ賞に出走していた馬が強い。セオリーだ。
それに対してヨカヨカはフィリーズレビュー組だ。。。

そして「牡馬相手に重賞を勝った馬が桜花賞に出てきた年は、
その馬はほぼ馬券に絡む」というのが広樹の見立てだ。
データを取ったことはないが、結構な確率だと記憶している。
今年はそのケースに該当する馬が「札幌2歳」を勝ったソダシと、
「小倉2歳」を勝ったメイケイエールと2頭もいる。
中でも1800mを勝ったソダシは強い。
あの粘り腰は、同じように前に行きたいヨカヨカにとっては分が悪い。。

―やっぱり。厳しいかなぁ。

馬柱にある「ヨカヨカ」の名前をペンでトントンつつきながら弱音を吐く。

「ヨカヨカ」は、熊本の祖母の口癖だった。

入院していた祖母を見舞いに熊本へ行き、病室のテレビで一緒に
「桜花賞」を見たこのは4年前だ。
広樹にとって、珍しく孤独ではなく人と楽しんだ競馬だ。
パドックを周る馬たちを見せながら話したことを思い出す。

「ばあちゃん、俺今から馬券買うんだけど。
 ばあちゃんの分も買ってあげるよ」
「ヨカ、ばあちゃん競馬分からん」
「いいから選んでよ。どの馬がいいと思う?」
「10番の馬がヨカゴタル」

ヨカゴタルー。
「いいようだね」と言う意味だ。

祖母がヨカゴタルと言ったのはレーヌミノル。8番人気だった。
「レーヌミノルかぁ。人気ないよ。どの辺が良く見えたの?」
「名前がヨカゴタル」
「名前?」
「ミノルて名前がヨカ」
「あ。じいちゃんの名前か」
「そうたい。ミノルさんばい」
「いやいやばあちゃん、競馬は名前じゃないよ?
 それにこのレースに出てる馬、全部女の子だよ?」
「ヨカとて」
「レーヌミノルは‥勝てないんじゃないかなぁ。当たんないと思うなぁ」「当たらんでんヨカ。見物料たい。」

祖母の予想に笑いながら「じゃあ見物料ね」と100円だけ単勝を買ってあげたら大当たり。40倍を超えた的中に驚き、2人して大きな声が出てしまい病室でひんしゅくを買った。、祖母の大きな声を聴いたのは後にも先にもあの瞬間だけかもしれない。そういう意味でも貴重な思い出だ。

100円が4000円になった祖母に夏目漱石を4枚渡そうとしたが
「お金使うことないから」と断られた。それでも何度か
「競馬で当てたお金は、当てた人がちゃんと受け取らないと」と
渡そうとしてみたものの祖母は譲らなかった。

「次ん時まで広樹が持っとってくれたらヨカ」
「じゃあ次、ばあちゃん4000円馬券買うってことでいい?」
「それでヨカ」

いつになるか分からない約束を残して1年後、祖母は逝った。
以来、桜花賞は祖母を思い出すレースになった。

調べてみると‥レーヌミノルはフィリーズレビューから、
桜花賞に進んで1着だったことに気づく。

―奇遇だな。

今11番人気のヨカヨカで勝負する勇気が少し生まれた。

                    ◇

母方のルーツは確かに熊本だが、東京育ちの広樹が自分に熊本の血を
感じることと言えば‥焼酎が好きなことくらいか。
でも酒好きなんて、日本全国どこにでもいるわけで説得力はない。
あとは‥祖母の熊本弁が理解できることくらいか。
時々わかない言葉もあるが、何となくニュアンスで分かった。

「ヨカヨカ」「ヨカゴタル」「ヨカトテ」「ヨカケンガ」

祖母は「ヨカ」を何段にも活用していた。広樹にとって印象深い言葉だ。

熊本に最後に行ったのは・・2年前の今頃。祖母の1周忌だ。
あの年の桜花賞は「グランアレグリア-シゲルピンクダイヤ」で決まった。母の兄・シゲル叔父さんとの久々の再会にちなんで、
「シゲルピンクダイヤ」を一応買ったら当たったんだと思い出す。

―そういえば今日は「シゲル」もピンクルビーが出てるな。

思わず笑みがこぼれた。

―そう思うと桜花賞は、2回も名前絡みで思い出があるんだな。

そして今年は、祖母の口癖が名前の馬が桜花賞まで来た。

「ばあちゃん、ヨカヨカ。桜花賞まで来たよ」

既にすでに本馬場に入り、返し馬へと出て行った黒鹿毛の馬体に拍手を送りながらつぶやいた。450キロそこそこと決して大きくないが、
九州産馬だからなんて見劣りはしない。

「仕上がり、ヨカゴタル」

九州弁で声に出してみた。直接見れたからだろうか、
テレビで見てきたヨカヨカよりも迫力を感じる。

ヨカヨカのレースは、デビュー戦からしっかり覚えている。
名前を見て「ばあちゃんの口癖の馬じゃん」とすぐに気になり、
プロフィールを見てみるとなるほど熊本県産馬だった。
小倉での「九州産馬限定」の新馬戦ではなく、阪神で一般の新馬戦に出走。堂々の2番人気だった。そして見事に勝った。
スピード負けせず、しっかりと抜け出して1着。
そして2戦目のフェニックス賞は素晴らしかった。
ハナを取りきり、前半3ハロンを32.9秒で攻めた。
直線はヨカヨカについてきた先行馬たちがバテる中、ヨカヨカ自身は
止まることなく逃げ切った。「ヨカヨカ、ツヨカゴタル」な競馬だった。

圧巻だったのは3戦目。ヨカヨカはここで初めて、
九州産馬限定のレース「ひまわり賞」に出走してきた。
2戦目の本賞金が負担となって斤量は、周りの牡馬よりも2㌔重い57㌔。2歳牝馬には過酷か思ったが、鞍上の福永とヨカヨカは、安心と安全の
レースぶりで万全の勝利を飾った。福永は終始持ったまま。
大げさに言うと、無理なくゆっくりゆっくり回ってきて、
直線も加速することなく走り、それでいて後続を突き放して勝った。
その強さは本物で、その後ヨカヨカは2歳の牝馬GⅠ「阪神JF」でも
堂々逃げて5着に入った。そして今日、クラシックにも挑戦だ。

「ヨカヨカ3着ないかなぁ。3着でヨカっちゃけど・・」

その勇敢さについ、またも祖母の口癖で独り言つ。
どうしてもヨカヨカを買いたいから、
データを自分の気持ちに都合よく組み替える。

重賞じゃないけれど、新馬戦で負かした相手は牡馬だった。
そして、2着だったモントライゼは重賞を勝った。
てことは、重賞レースで牡馬に勝ったということにしても
ヨカやなかろうか?

広樹は分かっている。
データを自分に都合よく変えはじめたら、馬券は当たらない。

改めて気づいてもう観念した。今年の桜花賞は見るレースにしよう。

―勝てんでもヨカとよ。当たらんでんよか。見物料たい。だな。

ヨカヨカの100円だけ買うことにしようと思った矢先、
祖母との会話を思い出す。


「次ん時まで広樹が持っとってくれたらヨカ」
「じゃあ次、ばあちゃん4000円馬券買うってことでいい?」
「それでヨカ」


―よし、4000円勝負でヨカ!



広樹は単勝⑫と「4」と「千円」を塗った。
今日がばあちゃんとあの日約束した「次の桜花賞」だ。

ヨカヨカの単勝は57倍。

―ばあちゃん、4000円が23万円くらいになるばい!

―そらヨカゴタル!

81回目を迎えた桜花賞。
スタートしました。


メイケイエールは若干後方。ソダシが前に出ていきますが、
それを制してストゥーティー行きました。
そしてジネストラ、アカイトリノムスメ、更には前に行きたいヨカヨカも、若干の出遅れから挽回、前へ前へとポジションを上げて行きます。
向こう正面、隊列固まってソダシは内にポジションを構えました。
馬群固まって人気の一角、ファインルージュもこの一団
1番人気サトノレイナスは後方に構えて、
外からメイケイエールが一気に行きました。
ヨカヨカも続きます。
馬群から一頭抜けてメイケイエールが先頭。
リードを広げて3コーナーから4コーナー。
最後の直線に向かいます。
ソダシが前に進出。ヨカヨカも続きます!

①着ソダシ
②着サトノレイナス
③着ファインルージュ

⑰着ヨカヨカ


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