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小林亜星さんを偲んで「責任を取るクリエイティブ」

数日前、作曲家の小林亜星さんの訃報がメディアやネットを駆け巡った。多くの顔を持つ亜星さんだが、いまも人々の記憶に残る息の長いCMソングの作曲者として有名だ。そのなかの一曲、「積水ハウスの歌」は歌詞やアレンジを変えて「現役」で、そのCMディレクターとして何か書き残しておきたいという思いに駆られている。
オリジナルは1970年の作曲とオンエア。積水ハウス創立10周年のCMソングのようだ。いま聴くと、その曲のテンポ感(ノリノリ!)や明日への希望に満ちた歌詞に隔世の感がある。

オリジナルはこんな歌詞。

♪大きくふくらむ 夢 夢 夢
輝く朝の窓 光 光 光
誰でもが願ってる 明るい住まい
積水ハウス 積水ハウス

ハッピーそのもののコマソン。この歌詞の分量で30秒CMだ。
一方、50周年を記念して2010年に「リフォームというか、リノベーションというか・・・させていただきました」と、コピーライターで作詞者でもある一倉宏さんが書き、いま流れているCMの歌詞はこう。

♪一日(ひとひ)を終われば 待つ ひと 家
季節の描く道に 胸に 灯る 明かり
あの街に この街に こころは帰る
家に帰れば 積水ハウス

30秒CMで歌っているのは、後半の2行。テンポの違いは歴然だ。https://www.youtube.com/watch?v=EcmhopV_gOY
オリジナルは、会社へ、学校へ、街へ「出かけていく家」。後者は、会社や学校や街から、「帰る家」を歌っているようで、時代背景の違いと言えばそれまでだが、50年の時を経た家と人の関係の変わりようが興味深い。

でも、ここで話したいことは、「CMソングのいま・むかし」ではない。亜星さんが残したCM曲とメッセージに「広告のほんとうのこと」がある。そんなことを書いておきたいのだ。
亜星さんが手がけたCM全20曲を集めた「小林亜星CM―SONGS ANTHOLOGY」というCDが出ていて、そのライナーノーツにこんな興味深い一文がある。
「私はTVの創生期からこの仕事に携わって来ましたが、常に心掛けていた事は、どんな商品も人間の幸せの為にこの世に生まれて来たのですから、CMソングも平和で幸せで、人を楽しくさせるものでなければならないという一点でした」。なるほどそうか、あんな曲を作った人らしいな。でも、大事なのはここから。「然し今は、商品と幸せとの関係が危ぶまれるような時代です。単純にものが人を幸せにすると信じられた時代を生きた私は、それこそ幸せ者だったのでしょう。今こうして私の作品を改めて聞いてみると、益々その感を強くします」。ANTHOLOGYならぬNOSTALGIEかもしれない。でも、あまり難しいことや時代に沿ったことを言わずに「広告が人を幸せにしているだろうか?」と問うてみることは無駄ではないだろう。
ベテランのCM業界人なら知らない人はいない、CM音楽プロデュースの第一人者・大森昭男さん(2018年没)の業績をまとめた『みんなCM音楽を歌っていた』(田家秀樹著・2007年徳間書店刊)には、「ワンサカ娘」や「イエイエ」、アラン・ドロン出演の「ダーバン」レナウンCMで組んだ CMディレクターの松尾慎吾氏(1984年・49歳で没)を忍んで、亜星さんのこんな発言が紹介されている。
「ダーバンの頃は、今年はどんなCMで行くというような話は全然しないんです。どんな映像かも聞かない。彼が撮ってくるのを先に音楽を作って待っているんですから。それでピタリと一致しちゃう。10作あるんですが、全部そうですよ。ああいうのは理想的ですね。僕が仕事をさせて頂いた頃は CMもアニメもそういう作り方だったんですけどね。最近そういうやり方ができる人間関係はないんじゃないでしょうか」と、ここでもノスタルジー。しかし、次のこの発言には、我が身を振り返り、思わず「正座してしまう」業界人も多いのではないだろうか?
「いまはオーディションとかコンペでしょう。いろんな人に頼んで、その中から。そういう失礼なことはなかったですね。あれも日本の音楽を駄目にしていますね。誰も責任を取らない。当時は、俺が責任を取る、という人がたくさんいたんです」。

亜星さんのCM曲は、佳き時代の遺産として残っているのではなく、クリエイティブのひとつの本質があってこそ生まれ、時の試練に耐えて来たように思うのだ。自責の念も含めて、「責任を取るクリエイティブ」を肝に銘じたいものだ。


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