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アブラゼミと御殿場


アブラゼミが玄関先でひっくり返っている姿を見て、私は夏が来ていることを知った。
乱雑に並べられた鉢植えの植物は、連日の暑さでしなってしまっている。戸棚の奥からコップを持ってくると、水道から水を汲み乾いた土の上に注ぐ。根っこがゴクリゴクリと音を立てて、液体は跡形もなく消えてしまった。午前八時の飛行機雲が空へと浮かび、揺れているような直射日光が頬を突き刺して体の奥の方まで、容赦なく照りつけている。ふと、思い出したかのようにポストから新聞を取った。

妹の子供が私の家に来てから一週間が過ぎた。

内向的で、消極的な私とは違い、破天荒でおてんばだった妹とは未だ連絡が取れていない。最後の着信を見ると、去年、実家に帰省した際の日時になっていた。
彼女はいまどこにいるのだろうか?
一度は、妹の知り合いをあたって探そうとはしたが、誰も彼も口をそろえて一週間前から見なくなったと答えた。

まるで、芝居のセリフみたいな一致具合に私は少々めまいがした。


彼女を見たという目撃情報もあった。
ああ、この前、御殿場で見かけたよ。ショッピングモールで買い物をしていたよ。
いや、声はかけなかったよ。

御殿場。妹は甥をおいて、彼女は息子を置いてそんなところに遊びにいっていたのだろうか?いや、考えられない。すくなくとも、私が思う、妹はそのようなことをする存在に思えなかった。
 
甥がこの部屋に一人で来たときも尋ねたが、彼は口を開こうとはしなかった。ただ、下を向いて、両手を強く握っていた。

寝室を覗くと、まだ甥は軽い寝息を立ててまぶたを閉じていた。
私はその隣に、彼を起こさないように寝そべるとゆっくりと彼の小さな背中をさすった。
ほんの僅かに、妹の匂いがする。
彼女はいま、何をしているのだろう。
扇風機の首振りの音だけが、一人寂しく部屋に響いていた。

映画を観に行きます。