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カレーライスの次、夜行電車の後。

君が世界の中で好きなものを千個並べたとしたら、私は何番目くらいにいるの?
多分、十三番目くらいかな、カレーライスの次、夜行電車の後。

明け方の街は、空気の海が沈殿して薄青色に染まっている。ビル群のガラスが映す無機質な私たちの顔はなんだかいつもより綺麗に見えた。鼻の奥の方で、朝焼けの匂いがする。それがなんだかむず痒くて鼻のあたりを指でこすった。街灯の光がぼやけていく、輪郭が滲んで背景に溶け込んで行く。

ずいぶん長く歩いてきたね。
まだ、十キロくらいだよ、もう少し歩ける?
うん、歩ける。

「少し歩かない?」と夜中に彼女から電話がかかってきた時、私はベットの上で音楽を聴いていた。イヤホンと私の耳の隙間に流れる空気の震えが夜の密やかな楽しみであった。電話は極端に短いもので、あくまで用件だけを切り抜いて彼女は言葉にしていた。私は、すぐいくよと答えるとパジャマをジーンズに履き替えて公園に向かった。

歩いていると、周囲の物が浮遊しているような気分になる。電信柱が浮いて、コンクリートのかけらが浮いて、自動販売機が浮いて、彼女の体も浮いて、みんな月に吸い込まれちゃうんじゃないかってほど空高く浮いていくような感覚がする。だから私は、しっかりと地面に足がついていることを確認しながらゆっくりと歩いていかなければならない。地平線が赤色に濡れてきた、私は彼女の手をとった、崩れてしまいそうなくらい小さくて細いその手をとった。

いなくなるとわかっている人とあるくことは、なんとも不思議な気分がした。僕らはきっと消失との距離感を測っているんだ。

映画を観に行きます。