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純文学と本格ミステリーを“同在”させて大きくする

(このインタビューは2014年2月20日に掲載したものです)

2002年に新潮新人賞でデビューし、野間文芸新人賞、芥川賞と、純文学の王道キャリアを最速ペースで歩む中村文則さん。2009年に刊行された長編小説『掏摸<スリ>』では、一気にエンターテインメントの領域へ踏み出しました。天才スリ師の青年と、「最悪」の男との命がけの戦いを描いたスリリングな作品は、エンターテインメントでありつつ純文学でもありました。その奇跡のバランスはいかにして生まれたのでしょうか?予測不能のサスペンス映画、『去年の冬、きみと別れ』が絶賛公開中です。

中村文則がいま輝いている3つの理由

深いのに、とにかくおもしろい!
ゾクッとするほど美しい文章ながら、サスペンスやミステリーを駆使した近作は、純文学とエンタメの奇跡のバランス。
純文学としての評価がたかい!
新潮新人賞でデビューし、野間文芸新人賞、芥川賞、そして大江健三郎賞を受賞と文学的な評価が高い。
日本人初の快挙を連発!
2014年2月、米文学賞「デイビッド・グディス賞」を日本人として初めて受賞したほか、米Amazon月間ベスト10小説、ウォール・ストリート・ジャーナル年間小説ベスト10入り、ロサンゼルスタイムズ文学賞やブラム・ストーカー賞にノミネートなど世界的な評価を得ている。

三島やドストエフスキーと並ぶ「禅ノワール」!

—— 中村文則は今、純文学で一番「売れる」作家だと思います。

中村文則(以下、中村) いや、どうでしょう(笑)。ありがとうございます。

—— ブレイクとなったのは、先ごろ文庫化され部数記録大幅更新中の『掏摸<スリ>』ですよね。ヒットした理由の一つは、大江健三郎さんが年間ベスト小説を独断で決定する「大江健三郎賞」受賞だったと思うのですが。

中村 学生の頃からずっと本を読んでいた、尊敬する作家から賞をもらうというのは、何物にも代えがたい経験でした。あと、大江健三郎賞は賞金はないんですが、受賞作の海外翻訳をサポートしてくれるんです。このサポートで英訳されたというのが、個人的には大きかった。

—— 日本の小説はアジアではよく読まれているようですが、英訳はあまり聞かないですよね。

中村 実は英訳が一番、ハードルが高いんです。なぜかというと、アメリカの人の多くは合理主義なので、お金になると算段できないと翻訳しないんですね。僕もそれまではアジアでしか翻訳がなかったんですが、『掏摸<スリ>』で初めて自分の作品が英訳されました。そうしたらいきなり、アメリカのAmazonで「best books of the month」に選ばれたんです。いろんなところに書評が出て、「ウォール・ストリート・ジャーナル」の年間ベスト10小説、ロサンゼルスタイムズ文学賞候補と……そのへんのことは、ここぞとばかりに『掏摸<スリ>』の文庫のオビに入ってるんですけど(笑)。

—— みんな「海外で評価された」という言葉には弱いですからね(笑)。アメリカでは、どんな評価をされましたか?

中村 うれしいことに、「こういう小説は読んだことがない」と言われました。「ジャパニーズノワール」って言われてますね。ちょっとひねって、「禅ノワール」。三島やドストエフスキー、ハイスミスの名前と並べて、でも「literature(文学)でもクライムノベルでもある」みたいな。最近は翻訳11カ国目としてエチオピア共和国の出版社との交渉が始まったところです。

—— 海の向こうではハルキ・バナナ・フミノリの時代が到来しつつあるのかもしれないですね!

中村 到来してほしいです(笑)。

「人間とは何ぞや?」をずっとやっている

中村 やっぱり海外でも評価してもらったことが、自信になったんですよ。自分が今まで小説でやってきたことは、間違いなかったんだな、と。

—— というと?

中村 狭い日本の業界でも、流行り廃りってあるんですね。僕はそういうことはまったく考えずにやってきました。じゃあ何を書いているかというと、「人間とは何ぞや?」と。「人間の内面を掘り下げる」、そのことをずっとやっている。それって、国は関係ないですよね。日本人も外国人も、人間は人間なので。
 だから今、こんなふうに世界のさまざまな国の人達に読んでもらえる状況が訪れたのかなと思いますし、このままいけばいいんだ、という自信をもらいました。

—— 『掏摸<スリ>』が画期的だったのは、純文学的なテーマや文体で、極上のエンターテインメントを構築したことだと思うんです。この融合は自覚的でしたか?

中村 そのあたりのことを自覚的に考えるようになったのは、『掏摸<スリ>』を書いた時ですね。狭い文壇の世界の中では、「文体か、物語か」という議論があるんですよ。でも、なぜ「どっちか」を取らなきゃいけないのか、僕にはわからなかった。文体も凝って、物語も凝っていいじゃないかって思うんです。だってドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、文学でもありつつ、ミステリーですよね。ギリシャ神話なんて、大どんでん返しの連続です。

—— 確かにそうですね。

中村 文学の世界で「物語性の否定」という風潮があるのは、僕もわかってるし、それはそれで僕は尊重しますけど、みんなと同じことを僕がやる必要はない。物語もぐいぐい動いて文体も凝って、人間の内面も掘り下げていくものを、僕は書きたいと思った。言い方を変えると、小説の本当の魅力をさまざまに取り入れて、自分の書いているものをより大きくしていきたい、と思ったんです。

—— 『掏摸<スリ>』でのチャレンジの先に現れたのが、最新長編『去年の冬、きみと別れ』です。この作品は、純文学としての濃度を保ちながらも、純然たる本格ミステリーの仕上がりですね。

中村 形式としては完全なミステリーです。でも、文体はやっぱり凝りましたし、人間の内面をどんどん書いてくのは純文学の手法であり、小説ならではの魅力です。感覚としては、「純文学であると同時に、ミステリーでもある」。ふたつを「混ぜる」のではなく、「同在させる」つもりで書きました。それは今回、初めてのチャレンジでしたね。

(つづく)

構成:吉田大助 撮影:吉澤健太

「去年の冬、きみと別れ」
3月10日公開 (C)2018映画「去年の冬、きみと別れ」製作委員会

『去年の冬、きみと別れ』中村文則/幻冬舎/1,365円(2013/09/26)

『掏摸(スリ) 』中村文則/河出文庫/494円(2009/10/10)

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