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平野啓一郎【前編】人は「エピソード」で誰かを好きになるのか

(このインタビューは2014年8月12日に掲載したものです)

懐古的な文体で話題を呼んだ芥川賞受賞作『日蝕』を含むロマンティック3部作や、ネット社会における「殺人と赦し」を追求した『決壊』、自らが提唱する「分人主義」の集大成『空白を満たしなさい』など、さまざまなテーマと手法で創作に取り組んできた小説家の平野啓一郎さん。最新中短編集『透明な迷宮』では、どんな切り口で挑んだのか。前半は、本作全体を貫くテーマのひとつ「愛」について、そして、本作で平野さんが初めてたどり着いたという新たな世界観についてお話を伺いました。

平野啓一郎『透明な迷宮』(新潮社)

【あらすじ】
「ここで、見物人たちの目の前で、愛し合え──」深夜のブダペストで、堕落した富豪たちに衣服を奪われ、監禁されてしまった日本人の男女。あの夜の屈辱を復讐に変えるために、悲劇を共有し真に愛し合うようになった二人がさまよい込んでしまった果てしない迷宮とは? 美しく官能的な悲劇を描く最新小説集。

この1ページがすごい!
 岡田は、自分がその迷宮のどの辺りを彷徨っているのか、まるで見当がつかなかった。その壁は完全に不可視で、不可触であって、迷宮の外側の世界は、微塵の曇りもなく見えていながら、どうやって出口を見つければ良いのか、その術がわからなかった。
 もしその壁が、土や煉瓦で出来ているのならば、外の者たちは、中で誰が迷っているのかを知らないだろう。しかし、透明であったとしても、結局、彼らはその内側に閉じ込められている者に、気づきようがなかった。
 自分はただ、その目に見えない壁に沿って歩かされている。折々、行き止まりにぶつかっては引き返し、別の道を選んだつもりで、また訳もわからずに同じ道を辿っている。
 何かの拍子に、彼は、その壁が冬空の太陽の光を反射させたり、誰かの触れた手のあとで薄汚れたりしているのを見たような気がすることがあった。その度に、彼は迷宮の実在についての啓示を与えられたが、しかし、覚えず伸ばした腕のその指先は、幻にだに触れることがなかった。
——『透明な迷宮』56ページより

「姉妹」に並々ならぬ関心があった

—— 『透明な迷宮』は、本の内容はもとより、装丁も素晴らしいですね。

透明な迷宮

平野啓一郎(以下、平野) ありがとうございます。菊地信義さんに、ムンクの「接吻」という絵を使ってデザインしていただきまして、僕もたいへん気に入っています。実は表題作「透明な迷宮」は、この絵に強くインスパイアされて書いたものなんですよ。

—— と、いいますと?

平野 この本は中短編集ですけど、全体として「孤独と愛」というのが大きなテーマになっています。この表紙の絵のように、裸の男女が切ないほどに激しく抱擁し合うシチュエーションって、どうしたら訪れるのかなって。
 ムンクはノルウェー出身の画家なので、場所は北欧のホテルか何かの一室だと思うんですよね。モノクロの絵ですけど、北欧の光が射している感じがなんとなくわかるというか、少なくともイタリアやスペインの光ではない。

—— たしかに、ちょっと寒そうです。

平野 そうすると、抱き合う理由も単純な欲望からだけではなくて、孤独なふたりが肌を温め合うような、また別の意味がありそうだとか、やっぱり何か強烈な体験を経て、やっと安心できる瞬間が訪れたんじゃないか……っていうところから物語の断片を積み上げていったんです。

—— 冒頭でおっしゃられたとおり、この作品集は、それぞれの物語がゆるやかにつながっているような印象を受けました。加えて、全体を覆う大きなテーマとは別に、共通するモチーフが作品をまたいで登場することからもつながりを感じます。ひとつは、「姉妹」ですよね。

平野 僕はこの一連の物語を書いていて、自分が「姉妹」という存在に並々ならぬ関心を抱いてることを発見したんですよ(笑)。
 子供の頃、僕はある姉妹のお姉さんのことを好きだったんです。だけど、友達が勘違いして、僕が妹のほうが好きだとみんなに言いふらしたんです。そうしたら、だんだんそんな気がしてきたんですよね。なんでお姉さんが好きなのか、自分でもよくわからなくなったというか、顔も性格もよく似ているなら、姉妹のどちらを好きになってもいいんじゃないかって。

—— 愛する人は交換可能なんじゃないか、みたいな話も、いくつかの物語でかたちを変えて出てきますね。僕は特に、表題作にある「人は、たった一つのエピソードのために、誰かを愛するのだろうか?」という一節にハッとさせられました。

平野 ドラマや小説は、人を愛する理由を「エピソード」に凝縮させていくものなんですよ。たとえば風邪を引いたときに看病してくれたとか、その程度のものでもいいんですけど、じゃあ、仮にそのエピソードがなかったら、その人を好きにならなかったのか。そんなことを真剣に考えていたんです。
 で、自分の人生を振り返ると、もっと深い関係になってもよさそうだったのに、そうならなかった人が何人かいる。それは、なぜなのか……。

—— その視点はすごく共感できます。そこに、お互いがもう一歩ずつ踏み出せるような、なんらかのエピソードが介在したら、恋に落ちていたかもしれない。「もしあの子とふたりきりで雪山で遭難してたら、絶対に付き合ってたのに!」みたいな。

平野 そう。僕は『決壊』という小説を書くにあたって、ある遺伝的な条件を受け継いで生まれてきて、ある環境のなかで育ってきた人が犯罪者になったときに、個人の責任をどこまで問えるんだろうかってことをかなり考えました。
 そこから、じゃあ、双子の姉妹みたいに、まったく同じ遺伝情報を持って、同じ環境で育ってきたふたりが、違う人間になるのはなぜなのか。それはやっぱり、経験しているエピソードが違うからなのかなって、また考えて。

—— なるほど。エピソード問題はじつにおもしろいですね。

平野 あと、みんな「オンリーワンの存在になりたい」みたいなことをいうじゃないですか。だけど、本当にオンリーワンな人は、愛されにくいと思うんですよ。だって、それって極端な変人ってことでしょ?

—— たしかに、「あの人は特殊すぎて、恋人にするのはちょっと……」ってなるかもしれません。

平野 だから、人はどこかで一般性を備えていないと、恋愛対象として見てもらえないんじゃないか。枠内に収まっているかどうか。そういう意味では、人が誰かに愛されるのは、オンリーワンだからというよりは、どこかで交換可能性があるからじゃないかっていう気がしているんです。それを踏まえて「愛ってなんなの?」というのをテーマのひとつにしたんです。

僕たちはどこまで自分の意志で生きているのか

—— 「透明な迷宮」というのは、この作品集全体を包むイメージでありつつ、僕たちが囚われているもののメタファーでもあるわけですよね?

平野 簡単にいってしまえば、僕たちは自分の意志で好きなように歩き回っていると思っているけど、じつは見えない壁に沿って歩かされているだけなんじゃないか、つまりどこまで自分の意志で生きているのかわからない状況にある、ってことですよね。これには、結構いろんな意味のレイヤーを被せているんです。

—— たとえば?

平野 ひとつは、偶然性です。単純に人が出会ったり別れたりすること、あえていうなら自分ではコントロールできない運命的なものですよね。それから、最近「ビッグデータ」という言葉がもてはやされていますけど、このビッグデータの精度を上げていくことで、たとえばアマゾンや楽天といったオンラインショップで、顧客を商品購入へ誘導することができたりとか。

—— 主体的な意志でクリックしているように見えて、じつはクリックするように仕向けられている。

平野 21世紀になって、格差社会とか新自由主義とか自己責任とかさんざんいわれてきて、「自分の努力でどうにかなる」みたいな言説も生まれましたけど、社会自体はむしろ個人の努力ではどうしようもない領域のほうが大きくなっている。意識さえせずに、色んなことにコントロールされてる。
 一方で、僕たちは地震や津波といった、それこそ人間には抗いようがない自然災害も経験しています。

—— 自分は、どこまで自分の意志で行動できるのか。考えだすとちょっと不安になりますね。

平野 目に見える迷宮なら、出口を見つけられるかもしれないんですけど、それが不可視な感じがするんですよね。それともうひとつ、目の前に意中の女性がいて、彼女ともっと親しい関係になりたいと思って、そちらへ向かおうとしているのに、気がつけばお互いがまったく別の方向に遠ざかっていってしまうようなシーンが記憶のなかにいくつかあって。

—— 透明な壁に遮られて、離ればなれに……もどかしいというか、切ないというか。

平野 自分の意志ではどうにもならない社会状況に、そういうエモーショナルなレベルでの迷宮性みたいなものも重ね合わせているイメージですね。

—— では、僕たちはその迷宮をどうにかして突破すべきなのか、それとも迷い続けるしかないのか、平野さんはどうお考えですか?

平野 イメージはぜんぜん違うんですけど、『マトリックス』という映画があるじゃないですか。あれもある種の透明な迷宮というか、システムによって構築された世界で生きさせられているんだけど、メタレベルで行動を起こすことによって、その世界を変えられるっていうメッセージだったと思うんですよね。
 でも、僕はそこまでマッチョな発想に至らないというか、オプティミストでもないというか。その迷宮内では、人間の主体的な意志がまったくないとも思わなくて、すっきりしない言い方ですけど、これからも迷いつつ生きていくのかなと。今は特に、未来の不確定性が極端に高まっていますし、意思を持ったからといって方向が分かるわけでもない。

—— 社会がどっちに行こうとしてるのか、誰にもわからない。

平野 だから、自分の努力でなんとかなるって考えることも大事なんですけど、どこかで「しょうがない」って思うことも人生には必要ですよね。そうじゃないと、自分のことを責め続けて、苦しくなりますよ。実際そういう辛さは多くの人が経験しています。

—— 自分の意志とは関係なく生かされている部分が少なからずある、ということをまず意識すると。

平野 そのうえで、ある人と運命的な出会いがあったらそれは喜ばしいことだし、別れてしまったらもうしょうがないと思うしかない。あるシチュエーションを、自分が生きやすいように解釈しながら迷宮と折り合いをつけていく感じですかね。この「透明な迷宮」という世界観には、この作品で初めてたどり着いたので、今後もうすこし深めていきたいです。

構成:須藤輝、撮影:吉澤健太

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