福岡 要

問い屋。コミュニティオーガナイザー。1988年、東京生まれ。北海道大学生命科学院修士課…

福岡 要

問い屋。コミュニティオーガナイザー。1988年、東京生まれ。北海道大学生命科学院修士課程卒業。行動生態学、神経行動学専攻。半旅人。宗教、芸術、科学が息をするように自然に交わる点を探求中。本質的な教育にも取り組んでいます。

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    物事の「本質」とは何か? あるテーマに対して対話をしながら掘り下げていき、「多くの根っこがつながる重要なポイント=本質」を探り出します。

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    EMSi(Essential Management Science institute)Fellow Communityの皆さんの記事を集めました。 EMSi Fellowとは、EMS(Essential Management School)本質行動学基礎原理コースなどの修了生のCommunityです。 多様な人、多様な考え、多様な日々、多様なビジネス、多様なアートが雑多に、ごった煮していく、本質追求マガジンです。

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    哲学茶房

    「善く生きるって何だろう?」など、普段考えない哲学的なテーマについて対話を通して「もやもや」を気持ちよい「もやもや」にしていきます。専門的なことは私も深く知っているわけではないので、自らの中に浮かび上がるものを対話していきます。 例)「自然」と調和して生きるには? https://note.com/imgod/n/n243dbdcca854?magazine_key=m8f89e31e1a58
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    人生のインタビュー~「問い」の販売~

    考えたいこと、知りたいこと、モヤモヤしていることに、対話をしながら「問い」を投げかけます。確かな答えは、確かな「問い」とセットです。気軽にお話しながら、深めていきます。 例)プロジェクトのアイディアが行き詰っている→新しい視点が欲しい
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人は、言葉にできるものは表現しない

面白い話を聞いた。何を言っているか、想像もつかないけれど、話していることはものすごく興味深かった。 言っていることはわかるし、事実も追える。 しかし、その人の感覚が全然想像がつかない。 その人の、当たり前がわからないのだ。 その瞬間から、僕の中で「辞書の改訂」が始まった。あの言葉は?あの状況は?あらゆる経験から、その人の話を表そうとした。自分の中の言葉を変えていくこと、意味を加えていくことで対応しようとした。 だが、無理であった。 どうしても言い表せない。言葉を適

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      映画カラフルな魔女を観た。魔女の宅急便で有名な角野栄子さんのドキュメンタリー。日常の中で面白さを見つけ、何事も楽しそうに愉快に生きる姿が、派手なはずなのによく似合っているカラフルな服やアクセサリーとともに輝いていた。 映画の最後、魔法とはなにか?という質問で終わる。どう答えたかはぜひご自身で確かめていただければと思うが、その一言で長年の絡まりに線が見えたように思った。 宮崎駿は「アニメーションには意志が宿る。意志を描くがアニメーションだ」と言っていた。ル=グウィンは「ファ

      • 企画は相手のために

        企画を立てることを10年以上やってきてようやく見えてきたことがある。 企画は、結局は他人のためにあるものなのだ。 自分が出してだめなときだったり、若手や学生の企画を振り返ってみると「それを受け取った人」の突き詰めが甘いことに気がつく。

        • 僕はクラウドファンディングが嫌いだ

          世の中の「流行り」は雰囲気出てきていると最近とくに感じる。それって結局は糸井重里がコピーから離れた時期からなのかもしれないが(今、売れてます!が売れるためのコピーになっているのをみて嫌気が差したとか)、売れてるものが売れる、が起こり得ることを感じている。 いいものだから流行る、というのが幻想であることぐらいは分かる年頃になってきた。今さら、青いことを叫ぶつもりはない。 だが、世の中に「雰囲気」だけ整えていくだけで、暴利を得ることもまだ目に付く年頃でもある。 夢を語れ?ビ

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          応援すること=生命を高めること

          忘れがちになるのだが、伴走・支援・教育に携わっているといろんな場面に立ち会う。 例えば「これをやりたい!」と始めたものでも途中で気が入らなくなったり辞めたくなったりするとき。 おしりを叩いてやろうよ!というときとしょうがない、次行こうかとか休もっかということがある。

          応援すること=生命を高めること

          目的と無目的のバランス

          人生に意味や目的を求める人がいる。私はあんまりそこら辺無頓着であるか気になる人は気になるらしい。 ただ、意味と意志は正反対にあると思い、前に少し触れた。 目的→順接→意味←逆説←意味⇒時間⇒物語 単純にかくとこうなる。 コスパやタイパということが言われ、わたしたちもなんとなく「意味のあるもの」しかできないような囚われがある。 自分自身のことの9割も我々は理解せずにきっと生きている(なぜそうなっているのか?なんて考えずとも生きていける)はずだが、なぜか人は意味だけ求め

          目的と無目的のバランス

          完結したいという欲

          こんなツイートが流れてきた(あれ、いまはポストって言うんでしたっけ?) 自分も以前高校生たちと話していて 究極のラーメンにたどり着くには|福岡 要 @kurukurumawaru2 #note https://note.com/imgod/n/n06cf9e712819 という問いの面白さに出会っていたので親和性を感じた。 私は究極のラーメンは「自分が究極だと納得するものを作りたい」であった。誰が食べるでもなく、自分すら食べなくても良くて「できたぞ・・・!究極のラーメ

          完結したいという欲

          目的と意味と意志と物語と生産と

          意志は目的から生み出される|福岡 要 @kurukurumawaru2 #note https://note.com/imgod/n/ndc9f9c1e421f 今日は大学生たちとぼちぼち雑談。話題提供としてこれまで考えてきて考えずに生きると陥りやすいポイントを「要学」という大層な名前でお話した。 いろいろと話を聞いて、終わったあと紹介したい!と思った昔書いたnoteを見返していると上記のものに出会った。 今日の話も踏まえて順番を整理すると 目的は意味を生み、順接でつ

          目的と意味と意志と物語と生産と

          仕事の土台

          仕事の土台みたいなのは確かにある。少なくとも「人と一緒にする仕事」だととくに。あんまり「習う機会がない」と言われたのでちょっとメモしておきたい。 ①返信は極力早く、仕事はもらったときに 仕事はあとに回せば回すほど爆弾になりやすい。トラブルは放置すればするほど大きくなる。自分のボールで仕事を止めていていいことは一つもない。簡単なものこそ頼まれたらすぐにやる。経験上その簡単を放っておいて、あとでやろうとすると3倍のコストがかかる。 ②情報共有を徹底する 途中で出す。書きかけた

          仕事の土台

          旧ツイッターで「〇〇については✕✕である」投稿に「〇〇とは気になります。参考文献を教えてください」というリプライをつけている人がいた。適当なブラウザを開き「〇〇」と検索すれば記事も本もたくさん出てくるはず。口を開けて待っていたら情報をくれるはずという姿勢に呆れるばかりである。

          旧ツイッターで「〇〇については✕✕である」投稿に「〇〇とは気になります。参考文献を教えてください」というリプライをつけている人がいた。適当なブラウザを開き「〇〇」と検索すれば記事も本もたくさん出てくるはず。口を開けて待っていたら情報をくれるはずという姿勢に呆れるばかりである。

          面白がってくれるありがたさ

          友人が旧ツイッターで「解説じゃなくて面白さを伝えるんだ」って投稿していた。 自分も似たようなことを書いていたのでとても共感している。 状況説明を「学び」だと勘違いしている|福岡 要 @kurukurumawaru2 #note https://note.com/imgod/n/n6042756d9a48 あと、誰かの投稿で memorize is not learningという旧つぶやきが流れてきていた。本質は一緒だろう。 どれも「表面的な形でなく、なにに心(という

          面白がってくれるありがたさ

          幸せには2種類ある

          セロトニンとドーパミンみたいなものか。 そんなに単純ではないとはおもうが、幸せには2種類ある。 目標を立て、遠くに遠くにできるだけ遠くに行くことこれも一つの幸せ。 もう一つは足踏みする幸せ。足踏みというか、そこに座り込む幸せ。 どちらも大事。 どちらかだけになると、人間どこかバランスが崩れてくる。

          幸せには2種類ある

          何が課題かが見つかれば

          課題解決のために行きなくても良い。 ただ、課題が見えてない状態でふわっとすると堂々巡りが始まる。 ここ最近3つぐらい「やっていることはGOODなんだけど」と「けど」がつく場面に出くわした。 「けど」がつくときには何かが引っかかっているというときである。で、大体の場合「それまで考えてきた地平線」の上で課題を探っているときが多い。 インプットとアウトプットの関係が揃ってない。 なんでそれが起こるのか。ひとつは「やってみないとわからない」から。どんなインプットでどんなアウ

          何が課題かが見つかれば

          ああ、元気な顔が見れて嬉しい、という人が増えて行くだけで幸せは増えていくのかも

          ああ、元気な顔が見れて嬉しい、という人が増えて行くだけで幸せは増えていくのかも

          自分の中の「絶対」は信じてみる

          感覚値というのはどこまでいっても相対的である。ウェーバーの法則なんて持ち出さなくても、まあそういうもんだ。 ただ、感覚は「絶対」を指すものがある。「自分の中では」というときだ。 人はその「絶対」を羅針盤という。 人に流され、状況に流され、思うように「絶対」にアクセスできない時がある。「絶対」を出しすぎても錯覚に騙されていたり、他人と折り合えないときもある。 それでも、多分指ひとつまみ分ぐらいの「絶対」は信じてあげたい

          自分の中の「絶対」は信じてみる

          段取り8割

          元杜氏の方から聞いたのが私にとって初めてだった言葉。 段取り8割。正体は多分「細かく割ること」。 最近、小さく割るということにハマっている。きっかけは健康21で歯科衛生士の方がした実演。バナナを一口食べるのとその2倍量食べるのと、量は2倍になっても噛む回数は2倍にはならないというものだった。 「噛むには適切な量があります」という言葉が印象的だった。 で、早速ひとくちを小さくしている。 小口にしても食べる量は変わらない。ただ、不思議なもので腹持ちは良くなった(気がする

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