こだわり

ふと、思う。自分は自分への関心が、薄いのかもしれない。

容姿にも、お金にも、生き方にも、こだわりがあるわけではない。デブで坊主、服も適当である。着られればよいし、汚くなければ、まあいい。お金も大抵、貯金に回らずにギリギリの生活にしてしまう。目の前に来たものに、どんどんと使ってしまう。

生き方も、とくにこうでなくは!ということもない。ご飯がちゃんと食べられて、人に迷惑をかけず、ぐっすり眠れる日が続けばよい。

それが、幸せだと思う。

唯一、「考えること」だけは、とっておきたいとおもうが、じゃあ何を考えるのか?実は、フワフワとしている。

こだわりとは、一対一対応を突き詰めていくことだと、先日、母と話していた。たとえば、女の子にとって、ビーズの順番や色の組み合わせはとても大事だし、男の子にとってティラノサウルスとティラノサウルスレックスはまた違うものである。

真空管の違いによって、オーディオの音は変わるし、最後のひと仕上げにインスタントコーヒーはかかせない。

傍からみれば「変わりない」ことも「違うもの」として、一つ一つ突き合わせては追求していくことを、「こだわり」というのだろう。

冒頭の気付きに戻ろう。

僕は、僕を構成する一つ一つに、なんら「こだわり」を持っていない。言い換えれば、関心がない。多分、いつも来ているTシャツをこっそり入れ替えても気づかないかもしれないし、気づいてもまあ、着られればいいかと思ってそのまま出勤しそうだ。

もっと言えば、自分が突然20キログラム痩せても、多分、まあそんなものか、といつもどおり出勤する気がする。

「こだわり」は生きる上で必要だろうか?自分への関心は、どこまでたかめればちょうどいいだろうか?

こだわるためには、記憶にとどめて置かなければならない。昨日の自分、を覚えておかないと今日の自分と比較することもできない。子どもは、自分にはあまり関心がない気がする。自分のしたこと、起こったこと、さらっと忘れていく(少なくとも、僕はそういうタイプ)。

記憶に残したいから、人は日記をつける。記録をつける。レコーディングダイエット、はひいては「自分にちゃんと関心を持ちましょう」ということであろう。だから、記録するだけで痩せる人が出てくる。

唯一外せないと思った考えることへの「こだわり」を追求していくために、ここから毎日、記録していこうと思う。

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こだわり

福岡 要

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福岡 要

問い屋。コミュニティオーガナイザー。1988年、東京生まれ。北海道大学生命科学院修士課程卒業。行動生態学、神経行 動学専攻。埼玉県育ち、沖縄県在住。宗教、芸術、科学が息をするように自然に交わる点を探求中。本質的な教育にも取り組んでいます。
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