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18 まず移民基本法を制定しなければ……

 キャサリンと会ったのは、東日本大震災の2年後、被災地のA市役所でした。電話で相談日の打ち合わせをしているとき、どうも日本語が十分でないので、通訳を同行して会うことにしました。最初に私が、「きょうは通訳がいますので、あなたが困っていること、悩んでいることを、タガログ語で十分に話してくださいね」と言うと、キャサリンは安心したように、語り始めました。彼女がフィリピンから結婚で日本に来たのは10年前。日本人の夫の両親と同居し、3人の子どもを産み育ててきた。そして、夫の両親とのこと、子どものことで……と、問題の核心に入ろうとする時、キャサリンは急にタガログ語から日本語、しかも、たどたどしい日本語になるのです。そこで私が「通訳がいるから、日本語ではなくていいですよ」と促すと、彼女はまたタガログ語で話し始めるけど、途中で日本語に転換する……。こういうことが何回も繰り返され、キャサリンも、通訳も、私たちも疲れ果てて、2時間半に及んだ面接をいったん打ち切るしかなかったのです。しかしその後、彼女との連絡は途絶し、再会することはかないませんでした。キャサリンはタガログ語を忘れたわけではありません。彼女は日本の小さな漁村に来て、この10年間、家庭の中で、地域社会の中で、「日本語を使うこと」をずっと強いられてきました。その残酷な結果に、キャサリンも、また私たちも向き合うことしかできなかったのです。

▶《移民基本法》がめざす社会

 これまで日本には、「外国人管理法」があっても、移民(外国人)が本来もっている普遍的権利を明示する法律はありませんでした。しかし、「移民の人権と基本的自由および民族的・文化的独自性を保障する」基本法が、どうしても必要です。そこでは、次のような基本的な権利が明記されなければなりません。
①在留資格や在留期間を問わず、すべての移民は、その国籍、人種、皮膚の色、性、民族的および種族的出身、ならびに門地、宗教その他の地位によるいかなる差別もなしに、日本国憲法と国際人権法が定める人権と基本的自由を享有する権利をもち、また、いかなる差別もなしにその保護を平等に受ける権利をもつ。とくに◆直接に、政治に参与し公務に携わる権利、◆いかなる国籍も自由に取得し離脱する権利。
②すべての移民は、経済的、社会的および文化的権利を享有する。とくに◆労働・職業選択の自由、労働条件ならびに同一労働同一賃金に対する権利、◆住居についての権利、◆社会保険と社会保障に対する権利、◆教育を受ける権利。
③すべての移民は、国際人権法に基づく法律(改正入管法)が定める正当な理由と適正な手続きによることなく滞在・居住する権利を制限もしくは剝奪されない。
④すべての移民は、いつでも自由に出国し、その在留期限内に再入国する権利をもつ。
⑤すべての移民は、日本国内においてその家族構成員と再会し、家庭を形成し維持する権利をもつ。
⑥すべての移民は、国際人権法が保障する「民族的、文化的および宗教的マイノリティの権利」を個人的に、集団的に享有する。とくに◆自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰し、かつ実践し、自己の言語を使用する権利、◆自己の言語、文化、歴史および伝統について教育を受ける権利、◆民族名を使用する権利。
⑦すべての移民は、これらの権利享有を達成するために必要な特別措置(アファーマティブ・アクション)を求める権利をもつ。
⑧国と地方自治体は、この法律≪移民基本法≫が認める権利をすべての移民に保障するために、立法、行政、財政その他必要な措置をとらなければならない。
 ―以上の内容を骨子とする≪移民基本法≫は、移民に対してあまりにも過酷な日本の法制度の現実からすれば、絵空事のように見えるかもしれません。しかしこれらは、日本がすでに加入している難民条約や国際人権自由権規約・社会権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、人種差別撤廃条約など国際人権法が締約国に求めている国際基準であり、多くの国が採用している法規範なのです。
 このような≪移民基本法≫が制定されるとき、キャサリンら多くの移民が抱える矛盾、解決不可能に見える諸問題を一つ一つ切開して解決していく糸口が開かれるはずです。そのことは、多文化主義の複雑な、しかし深遠なプロセスであり、日本社会が避けて通れない課題なのです。

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