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直江津1991«小説»

その地味な1年生は、
俺の好きな女の後輩だった。

合唱部の部長が、さばさばしたクラスメイトの女子だった。
俺が部員のA子を好きなことも、見抜いていたのだろう。
俺等が部員たちに混ざって音楽室で休み時間をつぶしたり、一緒に昼飯を食うのに文句を言いはしなかった。

片思いも3年目。
恋愛にも流行にも縁が無い俺は、高望みはしていない。A子の側でわいわい楽しんでる、クラスメイトの一人で良かった。

強面の自覚があった。
周りが流行りの短ランを買いに行く中で、一人だけ中ランで通していたから、学年どころか校内で見ても浮いていたし、怖がられていた。
1年生なんか、廊下ですれ違うと小動物みたいに小さくなった。

その地味な新入部員は、おずおずと、でもしっかり俺の顔を見て、いかがですかとお菓子を出してきた。
ありがとうと1つ受け取ると、にっこり笑った。
じきに、名前を覚えた。
弟と同じ学年だったから、妹ってこんな感じかと思った。

女子の半分くらいは、田舎の遅い流行りに乗って、制服のスカートを短くし始めていた。
合唱部でも、長いのは部長と、その地味な子くらいだ。
だからと言うわけでもないが、廊下に居れば、遠目でも気がつくようになった。


6月。
クラス対抗の合唱コンクール。
合唱部長の名にかけてもと、今年はうちのクラスが優勝した。
曲は少し前に流行った
杏里の「SUMMER CANDLES」。
A子と喜びを分かち合えて嬉しかった。
次の日。
先輩、すごく素敵でしたと、あの子は赤い目で言った。

10月。
今日、あの子誕生日なんだよと、部長が言った。
そうなの?おめでとうと、俺は食べかけのクッキーの箱を渡した。
笑うと思った。
泣きそうな顔で、礼を言われた。


2月。
ずっと好きでしたと、チョコを出された。
受け取る時に触れた手は冷たかった。

俺なんかのどこが好きなのと、
恥ずかしくて聞かなかった。
部長の話では、春に移動教室で迷っていた時に、通りかかった俺がとても優しく教えてくれたと。

全く記憶になかった。

チョコのお礼に、映画に誘った。
知り合いに会うのが恥ずかしくて、よく聞く流行りのデートコースを避けて、少し遠い、直江津を選んだ。

電車に揺られながらつまらない会話をした。普段、音楽室での馬鹿騒ぎでは話さない、個人的なこと。
陸上の推薦で進学が決まったこと。
格闘技のジムに通っていること。
先週うっかりして、鎖骨にヒビが入っていること。
彼女は口の中で小さく悲鳴をあげた。
それだけで十分、俺は満足した。

映画は「メンフィス・ベル」。
俺が見たいのを勝手に選んだ。
彼女は戦争モノは嫌だったかもしれない。
帰り道に、どんな話をしたんだったか。
見慣れない短いスカートが、嫌に印象に残った。

卒業式に、彼女はチューリップの花束をくれた。

俺は上京し、
それきりだ。

俺の、A子への恋も。
あの子の俺への恋も、それきりだ。
高校と一緒に、卒業。

2人で歩いた、
あの静かな商店街に似た風景を見ると
ちょっとだけ思い出す。
「SUMMER CANDLES」がテレビから聞こえた時。
卒業式の時期に、真っ赤なチューリップが店先に並ぶと。

俺が後悔するくらい、いい女になっただろうか。
お互い老けたねと笑うようなおばちゃんになっただろうか。
すれ違ったら気がつくだろうか。

3年間好きだと思ったA子ではなく、
あの地味な1年生を思い出す。

10代の俺に、唯一本命チョコをくれた
あの地味な女の子を思い出しては、
少しだけ、温かくなるのだ。



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