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手向けの酒 «小説»

祖父母の家に遊びに行くのが
子供心に楽しみだった
叔父貴と顔を合わせること以外は

親戚が集まると
目出度かろうがなかろうが
たいていは呑みの席があり
叔父貴はいつもベロベロだった
酒臭い息で絡まれるのが嫌いで
逃げ回った記憶しかない

祖父の会社を任された
ちょうどその頃だったらしいと
俺が理解したのは
数十年後
叔父貴が死んだ時だった
叔父貴とも実家とも長く疎遠だった

アル中になって
会社も追い出され
妻子にも逃げられ
自宅で凍死していたんだってと
長子の母は
珍しく無感情に
末の弟の死を告げた

母と叔父貴の間には
まだ何人も姉妹がいて
最後に出来た長男は
おそらく跡取りと期待され
本人も背負ってしまったのだろう
昭和ってそういう時代だったし

そんな田舎の空気が嫌いで飛び出したから
今なら少し
酒に逃げた男の気持ちも想像できる
ような
できないような

父とは年もだいぶ離れていて
畑違いの仕事だったからか
仲良く話すシーンは思い出せない
叔父貴に相談相手は
いなかったのか
遮断していったのか

姉たちはたぶん
口うるさくしっかりしろと
言うだけだったんじゃないかな
勝手な想像だけど

俺が遊びに行くと
いつも従兄弟たちが大騒ぎで
大人もたくさんいた賑やかなあの家で
独りぼっちで凍死なんて
室内で凍死なんて

男同士
わかってやれる誰かに
肩を叩かれていたら
吐き捨てられるような死に様を
語られたりはしなかったんじゃないか

叔父貴が死んだ歳に
もうすぐなる俺は
血筋なのか
酒が好きだ

有り難いことに
叱ってくれる相手も
愚痴をこぼす相手も
身内以外にも一握り居て

わかるもんかと
叔父貴には言われてしまいそうだが
少なくとも 
今はまだ
司法解剖なんて死に様には
ならずに済みそうな気がしている

何もしてやれなかったし
してもらったかも思い出せないが
あんたみたいな生き方を
反面教師にしていくよ
せめて

なぁ、
叔父貴
あんたとは一度も呑まなかったね
大人になるのが間に合わなくてすまない

あんたが死んだ冬が
今年も 
もうすぐ終わる

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