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察して

察して欲しかった。とか、
愚痴をこぼしたかっただけなのにアドバイスするのやめて欲しい。とか。

世間の女性方の、
うちの旦那の愚痴聞いてください!の上位に来るようなことを、たまに知人に言われてしまう。

すいませんね。ふん。

アドバイスを言い訳するならば、
困っている現状があるなら、楽になる方法はないかな?と、当方なりに心配しているのである。

察して、の方は、

知らんがな。
はっきり言ってぇや。である。

察したつもりで先回りすると、そうじゃないとか、それじゃないって言うじゃん?

あっかんべーだ。


……初っ端から不貞腐れてて申し訳ない。

気を回す、とか。
気を配る、とか。
美徳だなぁと思うのである。
コンビニのレジに散々並んだ後、自分の会計全部読み込んで合計金額出た後でリュック下ろし始める人。
どうなん?
次に並んでた当方(めちゃくちゃせっかち)、殺意すら芽生えるわけですよ。
ぼーっとしとらんで財布くらい出しとけや。

いかんいかん。
最近、愚痴が多くなっている。
自覚はあります。反省。

楽しいnote書こう!

気配りは日本人の良き文化であると思うが、言葉に出して確認するのも大事だと考える。
24時間一緒にいる夫婦や親子でも、食い違いってあるでしょ?
「察して」は、
察してくれよ!ではなく、
察してくれてありがとう、に使いたい。

好きな漫画の台詞に、
「わかりあうんじゃなくて
話しあうために言葉はある」
というものがある。

と言いながらも、こちらも
バイトくんに(察してくれよ〜)と願ってしまったりはするのだ。

当方が休みの日に、推しが生配信してくれたりすると、
お!ねもちゃん察してくれちゃった⁉
なんて、思ったり(←馬鹿)。

自分勝手の権化である。
すいません。

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