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“リサーチなし”ではじめるUXデザイン

UX MILK Fest 2019 で登壇する機会をいただきました。

イベント名にふさわしいフェス感があり、登壇を聞いてもよし、地べたに座って談笑するもよし、という自由で素晴らしい空間でした。

自分は「リサーチなしではじめるUXデザイン」という内容で発表しました。

ラクしてUXしよーぜってことではなく、むしろリサーチを活かすために重要なことってこうじゃない?という趣旨です。

僕は去年、新規事業あふれる、合同会社DMM.comから、ゲーム事業ひとすじの合同会社DMM GAMESに異動したのですが、はじめてのゲーム業界はチームメンバーがほぼゲーマーという、ユーザーへの共感に溢れた場所でした。

多事業のIT業界と、単一事業のゲーム業界の差分から見えてきた自分の知見を盛り込んだ内容になります。

UXにおける主観の重要さ

自分はリサーチで、二つのトラウマがあります。

一つめは、新規事業に企画から関わっていたときのこと。
年齢的に、自分と離れた人向けの企画でユーザーリサーチをしていました。

いろんな人のお話を聞き、観察をし、持ち帰ってチームで分析、アイディエーションしても、発散するばかりで収束していかない。
それどころか新たな疑問がわき続け、事業アイデアに結びつかず、結局、お蔵入りとなってしまいました...。

二つめは、(スライドのオチでもありますが)僕はゲームを全くしないにも関わらず、ゲームユーザーのインタビューを実施したときです。

インタビューを終えた矢先、「まあ、僕の話じゃないんですけどね」とインタビュイーからの発話。
どうも、友達からきいた話を自分の体験のように話していたらしい...。
(悪気はなく、なぜかインタビューとはそういうものだと思っていた模様)

ユーザーの生の声とは程遠いインタビューをしていたのに、気づけなかった苦い記憶があります。

この二つに共通するものは何でしょうか?
そう、自分に「主観的な肌感覚」がなかったことです。

もし、自分が新規事業のターゲットユーザーと年齢が近かったら...
もし、自分がユーザーと同じくらいゲームで遊んでいたら....

ユーザーの欲求が理解でき、アイデアが収束していたかもしれないし、ユーザーの発話から怪しさを見いだせたかもしれない。

共感は自分ごとから生まれる

UXデザインでは、ユーザーへの共感が不可欠です。

どれだけ正しくリサーチしたところで、ユーザーへの共感がないと、アイデアに結びつけることができません。
リサーチという他人事と、アイデアを結びつけるもの、それが「共感」です。

では、「共感」とはいったいどういう状態なのか?
辞書で調べると、「他人の体験する感情を自分のもののように感じとること。」と出てきます。

つまり、他人事を「自分ごと」に感じるということです。

他人に起こった出来事と、似たような体験をしたことがある場合、共感しやすくなります。(友人の失恋話を聞いたときの感情を思い浮かべるとわかりやすいですね。)

リサーチにも同じことが言えます。

リサーチ結果という他人事が、自分にも体験のあることであれば、「自分ごと」として共感しやすく、なければ共感しづらい。

そして「自分ごと」からは、「自分だったらこうしてほしい」というアイデアが生まれてきます。

これがデザインにつながっていくわけです。

チームに自分ごとをインストールする

このように、「自分ごと化」が上手なチームは、リサーチ結果をかんたんにアイデアにつなげることができます。

いまあなたのチームが、リサーチ結果をうまくアイデアにつなげることができてないとしたら、試してほしいことが3つあります。

1.ユーザーと似たような体験をしたことがないかを問う

スライドにもあるように、僕はゲームをあまりしません。
なので昨今のオンラインゲームなどはやり方もよくわからないのです...。

ただ、欲求レベルでは共感することができます。

なぜなら、昔友達の家でファミコンしたことがあるから。
技術は違っても、誰かとゲームでワイワイ楽しむ体験は変わりません。

似たような体験というフィルターを通して、せめて欲求レベルで共感すれば、「自分ごと化」でき、アイデアが出てきやすくなります。

2.体験してみる

年齢や性別など超えられない壁はあれど、ユーザーと同じ体験をしてみるべきです。(僕も頑張ってゲームやってます!)

「百聞は一見にしかず、百見は一体験にしかず。」

実体験から得られる情報量はインタビューや観察の比じゃありません。
いちどユーザーとして体験するだけで、リサーチしなくていいくらいの情報量が得られます。

肌感を獲得できるため、「自分ごと化」をスムーズに行えるようになります。

3.魔法のコトバをチームにかけ続ける

「似たような体験をしたことないですか?」
「そのとき自分だったらどうしてほしかったですか?」

この言葉をチームに声かけしてみてください。
それまで開発者目線だった人も、スッとユーザー目線になってくれることが多いです。

DMM GAMESのプロジェクトメンバーはゲーマーが多いため、この言葉だけでかなり共感、共創がはかどります。

継続することで「自分ごと化」する文化が出来上がってくることでしょう。

まずは“リサーチなし”で、土壌づくり

UXデザインにリサーチは欠かせません。
HCDプロセスにしろ、デザイン思考にしろ、リサーチから始まります。

ですが、それを受け止める土壌がないと、どれだけ時間とお金をかけて、正しく実践しても、アイデアに結びつきません。

リサーチは目的ではなく、アイデアを得るための手段です。
施策化できて初めてリサーチは価値を持ちます。

結果を受け止め、アイデアに繋げられる土壌づくり。
まずは「主観的な肌感覚」をもち、「自分ごと」で議論できるチームを目指しましょう。

リサーチをするのはその後で十分です。

メンバーの主観が強すぎる場合どうしたらいいか?

登壇後、このような質問を受けました。

今回の登壇は、そもそも、「自分ごと化」できていないチームに向けたものだったので、予想外でした。

このチームの場合は、リサーチ結果をアイデアにつなげる土壌はできていると思います。そういう意味では、今回の登壇内容から一歩も二歩も進んでいる状況ですね。

このような場合は、合意形成のプロセスを実施したほうが良いと思います。

まず、メンバーひとりひとりの意見を付箋などに書き出して外化し、リサーチしたユーザーとの共通点、相違点を見つけていきます。

共通点はそのまま、いちユーザーの意見として取り込めばよくて、相違点は別セグメントの意見として、追加調査するかどうか、皆の意見を聞き、判断すれば良いと思います。

大切なのは、主観的な意見を無碍にしないこと。

「自分ごと化」するということは客観と主観の線引があいまいになるということです。

定性分析や、アイデアブレストはもちろんのこと、定量調査の仮設だしや数値解釈でさえ、主観を除外するのは不可能です。

それならば、主観を有効活用する合意形成プロセスを模索したほうが生産的かなと思います。

アイデアの良し悪しはリリースしないとわからないので。

最後に

今回のイベントでも感じましたが、UXデザインが浸透し、実践者がほんとに増えたなあと思ってます。

自分がUXの勉強を初めた5,6年前は、「どうやってUXデザインを理解してもらうのか?」がイベントなどでの主な関心事でしたが、最近のイベントでは「どうやって実践するのか?」の登壇内容が多く、お客さんもすでに実践している人が大半な印象です。

これはとても喜ばしいことです。

しかし、正しいやり方に目を奪われ、手段が目的化しないかという懸念が自分の中にはあります。(自分含めて、誰もが一度は通る道かもしれませんが)

体験を設計してこそUXデザインです。
スライドの最後にも書きましたが、手段が目的化しないよう、本質を見据えた活動の参考になれば幸いです。

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