青3

革命はパレードで止まる。

100年経とうが変わらない怠惰と傲慢でつくられたパレードで、個性の尊重を訴えながら前に習い行進してる、あのパレードだ。

人類は意識を持ってしまったために、静止画世界のこの世を動画として認識し、それを物語として理解してしまった。それ故に物語の終わりとしての死を恐れることができた。そして他者の記憶からも消える完全な死を恐れた。だから人生で最も避けたいことは「孤独」なのだ。

そして孤独にならないために群れをなした。
結果的にそれは生存競争に勝つために有効だった。
人類と他の生物との最大の違いは、大多数でも柔軟な集団行動ができるということだが、その理由は死=終わりという共有された架空の物語から成されるのだろう。

そして群れは集合知から最適なルールを生み出し、やがてそれが不文律となり文化となる。ルールを生み出した本人がいなくても、それは継承されていく。なぜか。その時点で大多数の人がその文化という群れに属しているからだ。孤独を恐れる本能は当然それに追従する。

ただしその文化(ルール)は、その時代に最適化された解なのであって、他の生物や環境も同様に変化していく時代という尺度において、解も同様に流動的であるはずだ。常に一歩遅れた価値観がマジョリティとなる世界が今も続く理由は、人類が死の物語を共有し、孤独を恐れることができたことに由来すると予想する。


「こんな未来あったらどう?」という問いをフェスティバルを使ってつくってます。サポートいただけるとまた1つ未知の体験を、未踏の体感を、つくれる時間が生まれます。あとシンプルに嬉しいです。