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なくてもいい

昨日、今日と涼しくて快適。都合により、土曜日の買い出し&掃除のフル家事ルーティーン日が、金曜日に前倒しになったおかげで、ゆったりな土日を過ごした。ゆったりではあるけれど、過ごしやすい気温のおかげで身体がよく動くので、拭き掃除なんかをちょっと頑張ってみる。今朝、その拭き掃除をしながら、思い出したことがあった。

ある知人が「お掃除ロボットがかわいい」と言い出した。ん?掃除ロボットがかわいい????? 掃除ロボットを持っていることを自慢したかったのかな?

その知人は、フルタイムで仕事をし、3児の母だ。地域の役員もやっているらしい。持ちマンションがあり、最新のお掃除ロボット、便利な高級お鍋など、時短につながる便利機器や高級品をたくさん持って、忙しい日常を少しでも快適になるよう工夫している。お掃除ロボットをかわいいという前に、3人の子どもを平等に愛している様子をよく話してくれた。

少し前の私なら、そんな彼女のことをちょっぴり羨んだりしたかもしれない。彼女からしたら、私なんか(掃除機は使ってはいるけれど)お掃除もアナログなら、大したもの(鍋)は何も持っていないように見える。何より、自慢の子どもがいるわけではない。

けれど私は、一見幸せそうに見える彼女が、もしかしたら、たくさんの便利機器で満たされない心の隙間を埋めているのではないか、と思った。だから掃除ロボットすらかわいく思えた、と言っても過言ではないような気がした。

彼女はシングルではない。シングルではないが、ご主人との関係は破綻している。本人がそう言っていたからそうなのだろう。同居はしているが、話を聞くかぎり、かろうじて同居していると言えるにすぎない状態だった。

とはいえ、そんな彼女を私はかわいそうとは思わない。人には人の生き方がある。彼女は彼女なりに、懸命に仕事や子育てをし、便利機器を使って家事こなし、地域の世話などをしている。彼女はそういう生き方を選択し、満足そうなのだ。

では、持っていない私は惨めか、と問われればそうでもない。私は私なりの生き方がある。特に最新の便利機器を持ってはいないが、丸っ切り何も持っていないわけではない。料理には少し時間がかかるかもしれないし、面倒臭いアイロンがけや拭き掃除もする。非効率かもしれないが、夫と二人の生活、豪邸に住んでいるわけでもない。私はそういう生き方を選んでいる。“なくてもいい”のだ。

何より、人生、本当に必要な時に必要なものが手に入る、ということも今の私は知っている。

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