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大人になれば 21『かえるくん登場・分からなさ・日常の中の冒険』

秋です。
恋の季節です。
うそです。
言ってみたかっただけだよ、かえるくん。

かえる 相変わらずだなあ。
ぼく  わ。ひさしぶりじゃん。どこいってたのさ。
かえる おきなわ。
ぼく  沖縄!だって直江津って言ってたじゃん。夏を追いかけてくるとか言って。
かえる 直江津いったよ。もちろん。でも、すぐ秋みたいになってさ。雲は小さいし、空は高いし。
ぼく  うん。
かえる 海の家だって閉まるしさ。
ぼく  そりゃそうだよ。だって行ったの九月じゃん。
かえる あれ、なんで海の家って閉まるとあんなに寂しいんだろうね。
ぼく  へえー。祭りの後みたいな寂しさかな。
かえる あ、そうそう!よく分かるね。
ぼく  さみしいソムリエですから。
かえる 相変わらずだねぇ。
ぼく  取るの難しいんだぞ。
かえる はは。それで金沢行って、瀬戸内海行って、福岡行って。せっかくだから沖縄まで行ってきた。
ぼく  いいなあ。
かえる 最高だね。沖縄。あの海、あの空、あの島。
ぼく  …むにに。
かえる でも台風シーズンになったからさ。帰ってきた。
ぼく  スナフキンしてるなあ。
かえる 君は相変わらずムーミンかい。
ぼく  うん。のほほんとやってるよ。
かえる 脚本書けたの。
ぼく  まだ。
かえる だめじゃん。
ぼく  ……。
かえる 帰ったら出来てるものだと思ってたけどなあ。
ぼく  うう…。
かえる そういえば、あれ観に行ったの。『小指の思い出』。藤田貴大演出のやつ。楽しみにしてたでしょ。
ぼく  いったよ。よかった。全然わかんなかったけど。
かえる 全然わかんないんだ。
ぼく  うん。でも、なんかよかったな。音楽とか、舞台のありようとか、そういうの全部。
かえる ふーん。
ぼく  なんかね、最近は「分からない」ってこともすごいなあって思うようになってきたよ。
かえる ん?どういうこと?
ぼく  だってさ、普通は分からせたくなっちゃうと思うんだよね。そっちの方が楽だし。それをちゃんと分からないままにやっちゃうってすごいよ。前に読んだ唐十郎の戯曲だってぜんぜん分からなかったしさ。
かえる ふーん。まあ、そういうことはちゃんと脚本書いてから言おうな。
ぼく  …はい。
かえる はは。素直じゃん。そういえば長野はもうすっかり秋だね。コスモス咲いてたよ。
ぼく  あ、舞台のついでに美術館も行ってきたんだよ。
かえる うん。
ぼく  リー・ミンウェイってアーティストの展覧会をやっててどれも良かったんだけど、展示の一つに『ひろがる花園』ってのがあってね。
かえる うん。
ぼく  何十本ものガーベラが一輪挿しで飾られていて、一本だけは自由に持ち帰れるって展示なの。
かえる ふーん。いいじゃん。
ぼく  でもね、持ち帰った花は美術館からの帰り道に見知らぬ人にプレゼントしなくちゃいけないんだよ。
かえる 見知らぬ人なの!
ぼく  見知らぬ人なんだよ!
かえる 友だちとか家族とかはだめなの?
ぼく  だめなんだよ。
かえる ハードル高いねえー。
ぼく  高いんだよー。ぼく、基本、人見知りだしさあ。
かえる まあ、ほとんど信じてもらえてないけど。笑
ぼく  何かね、その一文を読んですっごくドキドキしたんだよ。見知らぬ人に花を贈る自分を想像して。これは冒険じゃないかって。
かえる ああ…。うん。花一輪でね。
ぼく  うん。ただの花一輪が冒険になるんだ!って思ったんだよ。それがすごく新鮮で。
かえる ふーん。分かる気はするよ。それで花は渡せたの?
ぼく  うん。駅までの帰り道に「あ、この人渡せそう」って思って。三十歳くらいの仕事帰りの女の人に。喜んでくれたよ。
かえる ドキドキした?
ぼく  それがね、すごく普通に渡せたんだよ。もちろん少しはドキドキしたけど、質がちがうっていうか。ぼくにとっての冒険は渡すことじゃなくて、見知らぬ人に花を渡すっていう可能性そのものが冒険だったんだなーって思った。
かえる ああ、なるほどね。その未来を自分が選ぶかどうかっていうね。
ぼく  そうそう。ドキドキすることは、それを実際にしている「未来」じゃなくて、それをやろうって決める「今」なんだなーってすごく実感したよ。
かえる きっと制作者側から見たら、「持ち帰る/持ち帰らない」で君がドキドキしてる時点で成功なんだろうね。
ぼく  うん。それで充分その企画に参加してるんだもん。
かえる ふーん。視点ひとつでいくらでも日常が冒険になるんだなあ。
ぼく  うん。日常に楔を打つ非日常性って花一輪でもいいんだって。新鮮だった。
かえる 非日常性って言葉に騙されてたんじゃない。
ぼく  ああ、そうだなあ。油断してたなあ。
かえる まあ、それが分かったら君のセンチメンタルな視点もこれから役にたつかもしれないじゃない。
ぼく  冒険できるかな。
かえる 君が望めば。
ぼく  まさか、子どもの頃から憧れていた冒険家にぼくもなれる日がくるなんてね。ワクワクしてきたよ。
かえる ワクワクはいいけど、脚本はやく書きなね。
ぼく  …むにに。


執筆:2014年10月13日

『大人になれば』について

このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。


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