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逃げるのは恥?西野采配と島津の退き口

サッカー日本代表はグループステージにてわずかに競り勝ち、決勝トーナメントへ進出した。しかし、ポーランド戦での最後の10分間のボール回しに対し、賛否の声があがっている。

同時に行われていたコロンビア対セネガルの試合経過を、スマホで確認しながらのテレビ観戦は、目が離せない緊張感があった。
これまでの日本代表であれば、試合終盤に攻めるのか守るのか不明瞭になりアタフタとすることがよくあった。解説者の「はっきりした方がいい」のフレーズは代表戦終盤のお決まりだった。
今回の西野監督の指示は明確でブレがなかった。ブーイングを受けてもブレずによくやったと賞賛されるものと思っていた。試合後にここまで否定的な声があがるとは予想していなかった。

一部の閣僚からも「武士道とか潔さから見たら、100%アクセプタブル(受け入れられる)ではないかもしれない」という発言がでた。


否定的な意見をまとめると、だいたいこのように大別できる。

・スポーツマンシップに欠ける。
FIFAのフットボール行動規範には、「終了の笛まで、勝つためにプレーすること」という一文がある。確かにFIFAが求める精神ではなかったかもしれない。西野監督も「本意ではなかった」という主旨の発言をしている。おそらく「本意ではない」はサッカーの監督としてであって、日本人としてではない。

・ファンに失礼だ。
負けているのに消極的な試合運びをするのは、ファンに失礼だというもの。
「勝ちにいかないのであれば、ファンは何を応援すればいいのだ」とったコメントもよくみられた。サッカーを文化としてみたときに、人それぞれ倫理観があるのは理解できる。ヒーローは不用意なバックパスをしない。
しかしこれには、「サッカーとはそもそもファンのものなのか」という疑問が残る。

・セネガルに1点入っていたら、どうするつもりだったのだ。
損失回避バイアスがかかった発言。こういう人は失うものがあるときリスクがとれない。西野采配をギャンブルというわりに、自分はギャンブルで止まれないタイプ。

・他会場に運命を任せるのは危険だった。
同時に試合が行われていたセネガル対コロンビアの動きによっては、敗退の可能性もあった。日本には得点を入れて引き分けるという選択肢が残っていたにも関わらず、それを放棄したという批判である。
ポーランドから追加失点、日本得点、セネガル得点の可能性を計算した上で、そのような判断ができるのであれば、かなり優秀なのでプロの指導者を目指したほうがいい。

・勝ちを諦めている。
これは、ポーランド戦の試合成績を目的とするか手段とするかによって、答えは変わってくるように思う。
決勝トーナメントを含めた勝ち上がりを目的とするならば、勝ち、引き分け、場合によっては負けという手段がある。目的達成のためには、全ての手段がテーブルの上にあるべきだ。最終的にどの手段を選択するにしても、可能性のある手段を選択肢から排除してはならない。負けを狙うことが悪手であったとしても、テーブルの上にはのっているべきだ。

西野監督は、選択肢の中から自分が最善手と思うものを選択し、正確に遂行するよう明確な指示をだした。負け戦の舵取りに混乱が伴うと予測し、長谷部を伝令に使った。

負ける時こそ、明確な目的意識が必要

負けてもなお見事な負けっぷりが賞賛されたケースがある。関ヶ原の戦いで西軍についていた島津軍は、敗戦が決定的になった後でも統率を保ったまま本国に逃げ帰った。しんがりを務める部隊を少数に分け、つぶれ役を順に突撃させる事で追撃を振り切った。味方の命という代償を払いながら、本国へ大将を帰還させることに成功する。この奇跡の撤退戦を「島津の退き口」と呼ぶ。命がけで主君への忠義をつくす様は、まさに武士道である。

薩摩武士の勇猛さを物語る話として有名だが、島津軍の動きを目的と手段に分けるとまた違った印象を受ける。本来合戦は勝つことを目的だと認識されている。島津は東軍西軍どちらが勝つかわからない状況で、次の時代に生き残ることを目的にしていた。撤退戦で勇猛さを見せた島津軍だったが、肝心の合戦では積極的に戦闘に参加せず傍観していた。しかも、用意した兵は少数で誰から見ても消極的だった。敗戦が決まると、今度は生きて逃げ帰ることだけにフォーカスした動きをした。

「あとで弁解ができる程度に戦闘に参加する」「被害を最大限に抑え、もし負けたら全力で逃げる」

島津の退き口だけ切り取られるが、最初から「逃げまくる」戦略だった。これが武士道に反する行為として罰せられたという話は聞いたことがない。

強大な勢力を前にして次の時代を生き抜くには、この方法が最善手だったのだろう。これは強力なポーランドに対し、リザーブメンバーを用意した西野采配に似ている。どちらも戦略として正しかったかは誰にもわからない。しかし結果として島津は次の時代を生き残り、日本代表はグループステージを突破した。


グループリーグ突破は目的だったか

大会前、グループリーグ突破は日本代表のひとつの目標だった。西野監督にとっては、目標であって目的ではない。それはポーランド戦のスタメンに表れている。2試合終わって勝ち点4、西野監督はポーランド戦で主力を温存する選択をした。

多くの人は目の前の利益を優先するあまり、目的を忘れてしまう。また、何かを捨てる事を和を乱すと考えてしまう。
「応援する人への配慮」「内容が伴った試合」「国益」といった副産物は、状況が良いときには相反することなく共存できる。しかし、厳しい状況に立たされた時、誤った優先順位を隠し持った人間が噴き出してくる。摩擦が発生すると頭の悪い人間は、大騒ぎする。摩擦を解消するために、偏った「武士道」を持ち出す。

積極策だけでは勝負には勝てない。西野監督には、ブレずに戦ってほしい。

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