なぜ三茶で酒蔵を創るか

まず、今回のブログを堺に、より本音で書くことを目的として「ですます調」を撤廃して「口語調」で書くことにした。以後、よりありのまま思ったことを書くためだと思ってご容赦いただきたい。

今回、酒蔵を自社でつくるにあたり、よく聞かれるのが「委託醸造でうまくいってるのに、なぜ酒蔵をつくるのか?」ということである。

なかなかクラウドファンディングの文面などには盛り込めない「本当の理由」について真面目に書いてみようと思う。そして着想から事業化に至るまでの紆余曲折含めて「ぶっちゃけたところ」をちゃんと伝えたい。

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まずWAKAZEというチームを作ったのは2015年だった。起業したのは2016年。当初から創業メンバーの今井とは「海外で自分たちの酒蔵を創りたい」という話をしてきた。だから今回の三軒茶屋での蔵造りは「創業当初からの夢」という風に説明することもあるが、実際にはもっと色々な意味合いがあってやっている。

まず、酒税法という酒造りに関わる法律の話からしたいと思う。日本の酒税法は欧米などに比べて非常に厳しく、アルコール製造を取り締まっているのだが、日本酒というのは他のカテゴリーのお酒に比べても更に圧倒的に厳しいルールが存在する。まず、年々消費量が成長しているクラフトビールやワインについては、醸造免許が降りやすかった背景があり、現在はビールのメーカーが全国で300程度(うち200近くはブルーパブと言われる醸造所併設型!)、ワインメーカーもそれに匹敵する数があり、最近では山形でも新規にいくつかのワインメーカーができたりしている。

一方で、日本酒は國酒であるにもかかわらず、消費量が低迷しているために「需給バランスの均衡を保つため」という名目のもと、基本的に「清酒」の新規免許は降りない、という暗黙のルールが存在し実際にそれは国税庁に問い合わせても明言される話である。ここで重要なのは「なぜ日本酒の消費が低迷していて、ワインやビールの消費が伸びているか?」ということであり、もっとそこの議論に目を向けて欲しい。ここで乱暴な議論になることを避けるため、一応触れておくと確かに過去は日本酒市場が大きかったところに対してワインやビールなど海外から醸造酒文化が入ってきてそのシェアの一部を奪ったという説明は確かにそうであり、海外から入ってくるものに対して抵抗のあまりない日本においては当たり前の話のようにも聞こえる。ただし、それは日本酒というものが海外の酒に対して何の対抗策も打たず変わらなかったら、という前提である。

何が言いたいかというと、日本酒の消費が落ち込む原因は明確に「新規参入がなく、新陳代謝が悪いから」の一言だと思っている。ワインやビールが海外からの輸入だけで伸びてきたのではなく、国内で生産するメーカーが増えて、いわゆる「ベンチャーメーカー」が増えたことによって、当然うまくいく会社もあれば倒産する会社もあり、健全な競争環境が生まれてきたのがそれぞれのマーケットが伸びている理由である。それに対して日本酒だけには免許が降りないというのは当然、イノベーションが生まれづらいため消費量は落ち込むばかり。その辺の話は先日forbesに取り上げていただいた内容でわかりやすくまとまっているのでそちらで。


最近少しだけ日本酒ブームが来ているように見えるが数字を見れば減少傾向で、更にそれに拍車をかけて年間数十という酒蔵が廃業しているのが事実である。つまり現状の日本酒マーケットは数字だけを見ればかなり厳しく、海外輸出が伸びていると言っても180億円程度とフランスのワインの輸出額1兆円の足元にも及ばない。

ここまで読んだら当然「じゃあ清酒免許おろそうよ」という話になるのだが、そこには農協の問題と同様に既得権益の圧力だったり色々な思惑があって簡単には変わらないのが事実。中長期的にそうした部分でも何か変われば、と思う一日で我々のようなベンチャー企業にとっては残念ながらそれを待ってられない。そんな中で1つの希望の光が見えたのが、WAKAZEの新商品のFONIAを開発した際にボタニカル副元料を発酵途中に使用した酒はたとえ絞ったとしても「その他の醸造酒」扱いになる、ということがわかったこと。これは今までの常識を根本から覆す事実であり、なぜなら「その他の醸造酒」免許は清酒免許と違って一定の条件を満たせばという前提で新規免許が下りるから。

FONIAを開発して、市場の反応を見て感じたのは「今までにない革新的なSAKEが生まれるための、“パンドラの箱”を開いてしまった」という感覚。ただ混ぜただけのリキュールと違って完全に復元料と米のお酒の香りが調和して、全く新しい香りと味わいを生み出すことができる。じゃあその免許をとって、開発した商品をどんどん世の中に送り出せばいいのでは?そしてその可能性に気がついて、「我こそは新しいSAKEを」と猛者が新規参入してくればもっとイノベーティブなSAKEが生まれて、日本酒という枠組みを超えて新しいSAKEの時代が到来するのでは?という興奮を感じて、去年の年末からここまで走ってきた。

-------- これまでの流れ --------

~2017年12月:はじまり~
この事業構想を思いついたのは確か昨年末に、まだ浜松町にオフィスがあった時に駅の近くの銘酒センターでWAKAZE3人で立ち飲みしていたら、メンバーの岩井が突然「ドブロクのブリューバーをWAKAZEの直営店としてやってみる?」と言い始めたところから。いやいや、まだあと1年は今の委託醸造の事業の足場固めようよ、と思いつつ、よくよく考えたらこの事業構想はかなり面白いことが判明。まず、ベンチャー企業が委託醸造から、更にメーカーとして自社醸造にも参入するということは国内でも初めてのケースだと思うし(少なくともそういった例は聞いたことがない)、今までかなり閉じられてきた業界に対して一石を投じる取り組みになる。

~2018年1月:物件探しと資金調達~
鉄は熱いうちに打て!ということで早速年明けから物件探しをスタート。「良い物件を見つけるには半年~1年」と言われている中でも、兎に角早く見つけて早くスタートしたい一新で、素人ながらグーグルマップを片手に東京中の色々なエリアを歩いて回ったり、飲食店.COMや紹介で知り合った不動産屋さんなどで空き物件を探したりを開始。渋谷、六本木、表参道、代官山、新橋、代々木上原などなど、本当に数え切れないほどの物件を巡って土地勘や物件を押さえる上での条件や交渉方法など様々な知識を本なども読み漁って短期間で習得。最終的に行き着いた答えが「三軒茶屋でやりたい」ということ。WAKAZEの4つのブランドイメージとして上げている1.イノベーティブ2.グローバル3.洗練4.フレンドリーをすべて満たす、「おしゃれだけど、親しみやすい街」は三軒茶屋しか無い!という半ば強引な結論に至ったから。そして1ヶ月が過ぎた2月頭、三軒茶屋でたまたまフラフラっとデザイナーのYORIKOと歩いていたら新築できれいな物件に遭遇。しかも空き物件なようだったので、飲食不可とは張り紙に書いてあったものの、当たって砕けろ、とりあえず不動産屋さんに電話。実際にオフィスに行って話してみたら、飲食可能かどうかを大家さんに掛け合ってくれるとのことで、資料を渡して事業構想につき説明いただいたところ、見事に飲食OKに!そこからはトントン拍子で進んで2月中には契約が成立。

更に山形の鶴岡にある金融機関の銀行マンとのストーリーは忘れられない。今回のプロジェクトをやろう!と思った当初から相談していたのが鶴岡の地元金融機関でWAKAZEを担当してくれていた人で、わざわざ三軒茶屋の物件まで足を運ぶなどして親身になって相談に乗ってくれ、まだ2年と少しのベンチャー企業で実績もまだまだな会社ならありえないような数千万という借入を検討してくれた。彼は資料をベースにした厳格な審査を行内で通した後に、プレゼンの最後を「稲川社長、そしてWAKAZEの情熱に惚れました」という言葉で締めくくって、見事に審査を通してくれたと一緒に飲みながら話してくれたことは、本当にこれから一生忘れられないと思う。

~2018年3月:チーム結成、書類作成~
ここまでは良かった。ここでまず数百万円の保証金など諸々初期費用が発生したが、借入などでなんとかなり、更にデザイナーYORIKOの紹介で施工会社シーズの望月さんと出会う。物腰が柔らかく、YORIKOの紹介ということもあって、会ってすぐに意気投合して今回のプロジェクトに参画してくださることに。また、以前から知り合いだった慶応の先輩でもあり同世代の機材卸の跡取りの北村商店専務の北村さんにも醸造機材の調達で一緒に仕事をすることになり、「WAKAZE三茶醸造所設立チーム」が結成!少なくともここまでは、情熱と気合とガッツと根性さえあれば、全てがなんとかなるように思えた。時を同じくして、醸造機材の仕入れのために「ものづくり補助金」(数百万円)の申請準備を開始して、様々な人の助けがあり1ヶ月以上の期間を経て完成した数十枚に登る書類を祈る気持ちで提出。同時に酒づくりに必要な「その他の醸造酒免許」も同じくらいの長期間かけて書類を作り上げて提出。この2ヶ月間くらいはほとんど記憶が無いくらいに、兎に角オフィスに居座って書類と格闘しながら馬車馬のように働いた。

~2018年4月:コスト激増、ピンチ~
ここで重大事件が発生。施工における特に醸造部分の複雑さ、そして施工に必要な資材等の価格の高騰などが理由で施工費用という最も大きなポーションを占めるコストが6割増しに。ただでさえギリギリに組んでいた予算に数百万円のコストが乗る形になり、頭が真っ白になった。。ただ、これはどう議論しても覆ることはなく、兎に角なんとかするしか無いということですがるような気持ちで金融機関さんに相談。担当者の方の尽力のおかげでなんとか資金に目処が付いたものの、「ものづくり補助金が降りることが前提として」という条件付きだったので、逆に言えばそれが無ければ事業を形にすることが難しいという結果に。それでも「この事業を形にすることで、世の中に大きな変革を生む」という大きなビジョンを持ち、それに賛同する多くの仲間やパートナーを裏切れない。そんな一心で、採択率が40%といわれる何の保証もない中で、「ものづくり補助金」でも必ず降りる!と自分の全てをかけて勝負することにした。

~2018年5月:激震と絶望とストレス~
施工が着々と進む中、次の問題が「店長」と「料理人」が決まっていないことであった。店長に関しては、年明けから長らく採用に苦労したもののWantedly経由で素晴らしい人材の応募があり、意気投合して採用が決定。ただ、そこから料理人を見つけるのには大きな苦労があった。まず第一に、メーカー事業の方では最近はかなり多くの人がWAKAZEに応募してくれるのに対して、料理人の募集には1人もこないという部分。そこは割り切って飲食店.COMなど求人媒体を駆使するしかない!ということで掲載してみたところ、見事に応募があり、その他知り合いの紹介など含めて4人くらいの方とお会いした。面接だけでなく実際に料理をキッチンで作ってもらうなど、採用には工夫をしながら時間をかけて最終的にその中の1人が良いのではという結論に。そこからが大変で、その後ここでは書きづらいことが色々とあり、人間関係の難しさや全く異なるバックグランドの人間が集まって新しいものを生み出していくことの困難さを目の当たりにした。結果的にこの件で会社のメンバー、そして自分個人としても「一企業としてあるべき姿」を真剣に考え、制度に落とし、法律面の整備もするというきっかけになり、一般的に10名以上になるとスタートアップが直面するという課題にこの直営店事業という難しいことにトライしたおかげで早く直面して対応することができたことはすごく良かったと思う。ただ、実際にそれに向き合っている期間は今まで経験してきた中でも初めてのことで本当に辛かったし、加えて家賃・施工費用・機材費用などで今まで見たことのないような桁のお金がポンポン出ていき日に日に減っていく銀行残高を見ながら、毎日胃潰瘍になるんじゃないか、という胃の痛みを抱えながら極限のストレスを経験した。基本的に自分はポジティブな人間なのであまりストレスは感じないほうだけど、今回の件は本当に応えた。。メーカー事業の方が不動のWAKAZE No.2の岩井のおかげで絶好調でしっかりと収益を生む事業に育ってきたことが、僕がこの難所を精神的に乗り切ることができた理由なんじゃないかと思う。

~2018年6月:復活と逆転勝利~
またゼロスタートで採用活動を再開することになった料理人探し。チームで「結局、何を一番重要視すべきか?」ということを議論して、まず「WAKAZEへのカルチャーフィット」を最優先に考えつつ、更にスキルや経験などその他の面でも評価するという結論になり、周りを再度探し始めたら、レシピ作りを手伝ってくれる料理人の方が1人と、実際に厨房で料理をしてれくる人が1人決まった。最初からなぜ、こういう探し方をしなかったのか?と思うかもしれないが、全ては運命だし恐らくこのタイミングで学ぶべきことを学んだことも避けては通れない道だったのかな、と思う。

施工の方はすこぶる順調で、素晴らしい具合に進んで予定通り引き渡して頂くことができた。しかも手作りの椅子や机、そして追加で色々な棚や収納スペース造りなど本当に多くのことをシーズの望月さんがやってくれたおかげで、当初想定よりも遥かに良い店内、そして醸造スペースが出来上がった。営業許可については順調に酒類製造営業、そして飲食営業の両方の許可が降りた。同時に、酒造免許に関しても1日1回くらい来る書類内容確認や修正作業をこの4ヶ月間頑張ってきた甲斐あって、立会審査に進むことができた。すでに出来上がった醸造スペースで、醸造担当の翔也が作ってくれた綿密な醸造計画資料を見ながら僕がプレゼンして、審査は成功。他に「その他の醸造酒」免許を新規で取った人に話を聞いたときには、8ヶ月の期間が取得するまでにかかったらしいが、僕たちはありがたい事に申請から約4ヶ月という最速に当たる、7月1週目の免許交付を前提に順調に進んでいる。

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ここまでが現在に至るまで、僕たちWAKAZEが「自社醸造事業」と「飲食店事業」の2つの事業を同時に立ち上げるにあたって約半年間で経験してきたこと。

そして昨日、「ものづくり補助金」の採択結果が発表されてWAKAZEの事業は見事に採択された!一度は大幅な施工費用の増加で絶望的になって、この補助金を前提にした綱渡りの賭けに出た。この数ヶ月待ち望んだ結果が昨日出て、本当に涙がでるほど嬉しくなって、今まで親身になって支えてくれた担当の金融機関の担当者などにまず感謝の電話を入れた。

事業というのは不思議で、本当に正しい道を開こうとした時には必ず良い音がしてトントンとドアが開いていく音がする。逆に開かないドアを無理やり開けようとすると良くないことが起きるし大概うまくはいかない。その感覚が段々身についてきたけど、今回の新事業に関して言えば、人材面で色々な苦労はあったとはいえ、免許から補助金からとてもいいリズムで進んでこれたと思うし、正しい道を突き進んでいると確信できる。それでも、順ブウ満帆にうまくいくわけではなく、常に紆余曲折がある。だから、この道が正しいというより、自分たちでそれを正しくするしかない。

WAKAZEを創業して2年と半年。1年目はほぼ何もなかった。2年目からORBIAという旗艦商品ができて、軌道に乗ってきたこの3年目のタイミングで出た大勝負。まずは「スタート地点」にあと少しで辿り着けそうだが、むしろ事業は「始めてからが勝負」。改めて、なぜこの事業をするのか?ということを自分に問うてみると、答えは「世の中を大きく変えるようなきっかけになる」と本気で信じているから。別にただ酒を造りたいんじゃない。今まで以上に、新しい発想のSAKEを自由に生み出すことで「酒」というカテゴリーの飲み物やそれを楽しむシーンに革命を起こすアイディアがすでに10個以上。

この場所で店の名前「Whim(ウィム)=英語で思いつき」のようにWAKAZEやファンが交わってちょっとした会話での「思いつき」を大切にして、全く新しい酒であり文化を創り、それをこの三軒茶屋という場所から2020年に東京オリンピックを控えて、世界に発信していきたい。それは酒造りだけでなくて、お店で出す料理も同じ。イマジネーションを大切にして、顔の見える生産者さんの庄内食材を使ってWAKAZEのお酒とのペアリング体験を通じて感動を生み出す。

また、造り手と飲み手というのがガラス1枚というとても近い距離に感じてもらうことで、その境界線をなくして行って、より身近に発酵に携わる人間が増えたらいいな、と思う。最初の方に書いたように、新規参入が無いことが明確に1つの課題である日本酒。もっと多くの人が飲むことだけじゃなくて創ることにも携わるようになった時に、「並行複発酵」という世界の酒でもトップレベルに複雑怪奇な発酵のポテンシャルが解き放たれると信じて止まない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ ここからはお願い事 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ここまで長文を読んでくださった方にまず感謝をしたいと同時に僕から1つのお願いです。この事業を立ち上げるに当たり、機材面や人件費、そして想定外のコストが上記色々なことがあるなかで発生したため、正直なところ「お金が全然足りていません」。

クラウドファンディングはありがたい事にあと少しで達成なんですが、目標額よりもっと多くのお金がスタートにあたって必要になっています!少しでもこの事業の意義やWAKAZEの活動に共感してくださった方は是非、下記のクラウドファンディングでご支援お願いします!!!あと6日。どうぞよろしくお願いいたします!!!!!

クラウドファンディング「東京・三軒茶屋に酒蔵をつくりたい!SAKEベンチャーWAKAZEの挑戦」ページ

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WAKAZE酒記~ワカゼ社長の日々のぼやき~

日本酒ベンチャーの"WAKAZE"社長の稲川琢磨(いながわたくま)が日々感じたことを名言・迷言を織り交ぜて発信します。月に2回ほど、経営や日本酒・科学技術などをテーマにして、ゆるく更新していきます。
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