見出し画像

fictional diary#2 窓からみえるものたち

その日は、友達が住んでいる部屋に遊びにいった。知らない土地だし、言葉もわからないので、建物の場所を見つけるまでにすこし迷った。壁が白くて、屋根に小さな銀色の鳩のついたアパートのワンルーム。ドアを開けて中に入ると、ベッドと机で部屋のほとんどが埋まっていた。狭くてごめんね。言われたとおり、たしかに狭かったけど、窓が広いのできゅうくつな感じはなかった。窓の外には背の高い枯れた木が、何本も道路沿いにならんでいる。木が見えるの、いいね、と私は言って、なんの木なのか聞いた。友達はその木の名前を知らなかった。いちょうに似ているけど、すこし違うようにも見える。梢のいちばん上のほうに、黄色く乾いた葉っぱが揺れている。いまにも落ちてきそうなので、落ちてくるところを見ようとしばらく目を離さずにいたけど、葉っぱはなかなか力強く木につかまっていて、ひとつも落ちてこない。オレンジ色の葉脈が陽に透けているのが、遠くからでもよく見えた。葉っぱは諦めて、窓から見えるほかのものを観察することにした。窓の外に目をやったまま、この国にも電線があるんだ、知らなかった、と言うと、友達は不思議そうな顔をしてわたしを見た。窓枠に手をついて身を乗り出し、外を見る。ああ、あれか。あれね、電線じゃないらしいよ。え、じゃあなんなの、とわたしが聞くと、わからない、と答えた。わたしたちは空を見上げ、それから顔を見合わせた。木の名前も、空を走る黒い線のことも、なにも知らない異邦人の自分たちがおかしくて、ふたりで小さく笑った。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!