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fictional diary#3 やっかいもの

その日は、街の中心から少し離れたところにある遺跡を見に行くことにした。宿を出てすぐのところにあるバス停から、車体の側面に黄色の線のついたバスにのって、20分。バスの窓からはいまにも雨の降り出しそうな、白く煙った空が見えていて、すこし心配になった。バスを降りると、遺跡は目の前にあった。目の前、というより、目の下。そこには、ガイドブックで何度も見た、あの有名な石畳が広がっていた。中世の職人たちが丹精込めて、何十年もかけて完成させた石の床。広さはちょうど学校の校庭くらいで、見渡す限りなにもない。石畳があまりに丈夫なので、穴が開けられず、マンホールも作れなければ、建物を建てるための基礎工事もできないらしい。だからそこにはなにもなく、ただただ広い空間がひろがっている。ほんとうは、この床が完成したあと、その上に石を積んで、巨大な日時計を建てる予定だったと、ガイドブックで読んだのをぼんやり思い出す。でも、ちょうど床を作り終わったところで、侵略者が攻めてきて、国の政治体制が入れ替わり、工事は中止になってしまった。残ったのは石畳だけ。整然と並ぶ石でできた固い床は、現代ではちょっと面倒なお荷物だ。周りの人に怪しまれない程度に、しんと並んだ石の上でジャンプすると、冷たい鉱物の感触が、靴越しに足の裏に伝わる。わたしは端まで歩いて行って、石畳の途切れるところにぽつんと建っている小さなお土産物屋さんに入った。くるくる回るカードスタンドに並んだ何種類ものポストカードには、どれも石畳の模様が描かれていた。わたしはあんまり見分けのつかないそのカードの中から、目を閉じたまま手を伸ばしてひとつ選び、買って帰った。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!