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fictional diary#4 鳥に気をつけて

その日は、泊まっている宿の近くにある公園に散歩に行った。ここにはほとんど毎朝来ているけど、週末はもちろん、平日でも、いつ行っても、家族連れや犬の散歩をする人、ジョギングをする人や楽器の練習をする人でにぎわっている。公園の入り口にはホットドッグを売っている屋台があって、近くを通ると肉を焼く香りとジュージューいう音が漂ってくる。大きな公園の景色って、どこの国でも似たようなものだな、と思いながらのんびりと歩く。周りの人が話していることばは、わたしの耳には言葉じゃなく、不思議なリズムの連続のように聴こえてくる。滞在前にすこしは勉強してくればよかった、と思うけど、いまさらそう思ってもしかたない。言葉のわからない状況を楽しもう、と心に決めた。公園の入り口には、鳥についての標識がある。黄色の看板に黒いインクで、強そうな鳥の絵が描かれていて、そのうえには太いバツ印がついている。なんの標識なんだろう。もしこれが犬の絵だったら、犬の散歩禁止、という意味だととれそうな感じなのだけど、でもいくら外国だからといって鳥を散歩させる人はいないだろう。鳥についての注意、というと、餌やり禁止、というのもあるかもしれない。けど絵のなかに、餌らしきものはなにも描き込まれていないから、餌やり禁止、というメッセージを伝えるには説明不足だ。そんなことを考えながら上の空で歩いていたら、急に耳のすぐ横で風を切るひゅうっという音が聴こえた。驚いてふりむくと、大きな鳥が低空飛行でわたしの顔の真横を通りすぎていくところだった。あわてて首に下げた重いフィルムカメラを構えてシャッターを切ったけど、鳥はあっという間に木の上まで舞い上がりはるか遠くを悠々と飛んでいる。わたしのそばに残ったのは動物の湿った匂いだけ。ひらひらと空を舞う鳥を眺めながら、あの標識の意味がようやくわかってきた。写真が現像できたらあとで図鑑と見比べて、なんという鳥なのか調べようと思ったけど、仕上がった写真はピンボケで、鳥の種類はわからずじまいだった。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!