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fictional diary#7 旅芸人の終着地点

あたらしい町にたどり着いた。あたらしい町ではいつも、まず最初に町の中心に行ってみる。どこでもたいていお城や教会、お寺が町の中心になっている。たまには四角い公園のこともある。この町はすこし珍しく、まん丸の形をした公園が真ん中にあって、そこから広がるように道路が外に伸びていた。その町の宿で出会った人が話をしてくれたのだが、その丸い公園は、円形劇場の跡地なのだそうだ。昔、国中を巡る旅芸人の一座が、旅の途中で子供が生まれたり、あちこちで新たに人を加えたりして、ついには30人以上の大所帯になった。あまりに多人数すぎて旅を続けるのが不便になったので、彼らは国のはずれの更地にたどり着いたとき、そこに村を建てることに決めた。村の真ん中には、なんといっても劇場が必要だということで、一座の男も女も総動員して、何年もかけて石造りの立派な劇場を作り上げた。世代が引き継がれるごとに建て増しを繰り返し、劇場も村もしだいに大きくなっていった。しかしもともと旅の民である村人たちは、長い定住生活のあと、何十年かでいちばんの暖かい春が訪れたとき、不思議な血のうずきを感じた。花の薫る生温かい空気が、放浪の生活への憧れを彼らの胸にかきたてたのだ。ある日、特別強い風が吹いたある春の夜、隣村の住民たちは、ランタンを掲げ、目を輝かせて道を行く、村人たちの長い行列を見たという。何百年も前の話だから、いまはなにも残っていない、ただ公園と、お話が残っているだけだ。宿で出会った人はそう言いのこして話を終わりにした。その話が本当なのか嘘なのか、わたしは話を聞いているとその様子がまるで目に浮かんでくるようで、すっかりのめり込んでいたけれど、話をしてくれた人は作家だという噂だから、もしかしたら完全なる作り話なのかもしれない。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!