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fictional diary#5 ごはんと音楽

飛行機でべつの国に移動する途中、まったく名前を聞いたことのない町で、半日くらい時間をつぶさないといけなくなってしまった。安いチケットを買うとたまにこういうことがある。空港は狭くて、あまり見るものもなかったので、せっかくだから観光しようと外に出てみることにした。バスで町の中心まで向かい、教会前の大きな広場にたどり着いた。なにか食べようと思って探していると、いくつかのレストランやカフェが集合した白い石造りの建物をみつけた。お城の入り口みたいな豪勢な門をくぐりぬけて中に入ると、いろんな店からのいろんな香り、ハーブ、スパイス、肉、魚、パン、バター、クリームや砂糖、そのほかあらゆるものが混ざった濃くて甘い空気が詰まっていた。門を入ってすぐのところの階段を降りると、中庭につながっていた。そして多種多様なレストランやカフェが、中庭のまわりを取り囲むかたちで並んでいた。お店によってそれぞれ違う色がテーマカラーに決まっているらしく、内装も、店内の明かりもその色でゆるやかに統一されていて、いろんな店のいろんな明かりの影があつまる中庭の床は虹色に染まっていた。通りがかる店をひとつひとつ覗き込みながらぐるりと一周したけれど、なかなか決心がつかなかった。門の前に戻ったとき、急に陽気な弦楽器の音が聴こえてきた。中庭を見ると、7人組の楽団が演奏していた。音楽が光を、空気を、香りを揺らし、上へ上へ、空へ近い方へと運んでいく。あっという間になんだなんだとたくさんの人が集まってきて、彼らのまわりに賑やかな人だかりができた。楽団はもしかしたら何かのお祝いをしているのかなと思ったけど、特定のだれかに向けて弾いているわけでもなさそうだった。演奏が終わると、赤いシャツの女の人が観客に向かって挨拶をした。わたしにはその国の言葉はわからなかったけど、どうもありがとう、今週一週間を楽しく乗りきれますように、と言っていた、ような気がした。


Fictional Diary..... in企画(あいえぬきかく)主宰、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!