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2020年コロナの旅35日目:むっちゃええ飯屋とハートブレイク

2020/1/20

安くてチェコらしい料理が食べられる店があると聞き、ネイサンと行くことにした。午前中は執筆の仕事をして、昼から合流することにした。

その名もLokálという、旧市街広場の近くにあるお店。簡素な大衆食堂の雰囲気も、また良い。

待ち合わせ場所に行くとネイサンがどこかから連れてきたアバニルというインド人もいた。

我々はやはり泡だらけビールのムリーコを頼んで乾杯。

私は肉の煮込みとクネドリキを食べる。
今夜もリダと会う。


夜になり、リダが連れてきてくれたのはHavelská Korunaというお店。昼のLokalよりもさらにお手頃価格で、地元の料理が食べられる。いわゆるカンティーン、つまり食堂のようなもので、ショウケースにおかずの入ったバットがならんでいて、食べたいものを選ぶと愛想の悪いおばさんがよそってくれる。

「随分愛想が悪かったわね。」

とリダはぷりぷりしていたが、私はあまり気にならなかった。しかし好きな人をデートで連れて行った店ではできるだけ良い体験をしてほしいという気持ちはよくわかる。それ故に私は虚心坦懐、全然気にならへんけどな、まじで。と念を押す。

料理はなかなかうまかった。ちょうど、松屋や吉野家と言った牛丼チェーンなどに相当する店なのではないだろうか。或は大学の学食のような感じもする。

食事をしながら私がダンスが好きだという話になり、リダは、Kpopグループのビッグバンの何とか言う人がダンスがうまいと思う、と言った。私は、Kpopのダンスのスタイルはあまり好きではないが、きっとよく訓練されているのだろう、というようなことを言った。

私が話している間、リダは何の反応も示さない。ぼーっとしているようである。私は反応がないものだからそれを無言の批判と解して、色々言い訳がましいことを付け加えた。
「いや、俺の好みではないけど、リダが好きというのは尊重するよ。よく見たこともないし、今度ちゃんと見てみよう。」
しかしリダは相変わらずあいまいな返事をしながらゆっくりご飯を食べている。
「あの、大丈夫?なんか上の空だけど。」
「え、え、あ、ごめん!全然聞いてなかった!あなたの顔って本当にきれいだなーと思ってぼーっとしてた…ごめんね。でも続けて。あなたが話してる姿、大好きだから。」
リダは色々な形で私を褒めてくれるが、こういう明け透けな褒め方をしてくれるところも好きだった。彼女自身は私からそういう褒め方をされると身構えてしまうようだったが。

そして、その食堂で見るリダは、彼女自身、とても美しかった。私は旅行中いつも白いセーターを着ていたが、この日はリダも同じような服を着ていた。上品な顔で、上品な話し方で、割と上品な服装のリダは、チェコ版松屋のような店で浮いていた。私は松屋に親しみのある階級の出だが、自分の薄汚れたアジトに高貴なお姫様がいるような、不思議なロマンティシズムを感じていた。ニットの服は、彼女が身を動かす度に砂時計型の体型に沿って動く。

リダはバカでかい甘クネドリキを恥ずかしそうに食べる。
「あなたみたいに大きい男の人よりたくさん食べて、恥ずかしいな。」
などというので、甘いものは好きではないが半分もらって食べた。もっとも、彼女が摂取する栄養は全て砂時計のオリフィスより上か下に蓄積されるようだったので、彼女が食べる姿は扇情的ですらあったのだが。しかし彼女が気分良く過ごせるように尽くすのがとても嬉しかった。

店を出る。彼女の身体は重厚なダウンコートに包み隠される。
彼女はやはり私を家に泊めることに抵抗があるらしい。だから一緒に帰ろうとは言わないが、一緒にいたい気持ちはあるようだ。まだ帰りたくないという。まだ開いている店も多くないので、ショッピングモールをぶらつくことにした。ショッピングモールへのバスを待つ間、彼女をハグしようとしたが、実はこのあたりに私の元カレみたいな人が住んでて、交際を断ってからひと月も経ってないからここでは控えさせてもらってもいい?と聞かれた。気持ちのいい話ではないが、理解できる話なのでわたしは「もちろん」とだけ答えた。ごめんね、と彼女は付け加えた。

モールに着くころにはまたお腹が空いてきたので、ケンタッキーに入る。四人掛けのテーブルに横並びに座って、冬のメジロのように仲睦まじく身を寄せ合う。
ジュースを飲みながら、私の旅の話になった。どこからきて、どこへ行くのか。私は、本心で、残りの時間をプラハで過ごすだけでなく、プラハで仕事を探して就職することを考え始めていた。街も気に入ったし、何よりリダとの出会いを大事にしたかったからだ。

しかし彼女は、それはどうかしら…と煮え切らない態度である。
「折角だから旅を続けてほしいし、でも一緒にいたいし…だけどあなたのような素敵な人、行く先々で女の子たちが放って置かないでしょう?」
「いやいや、そんなことないよ。」
「本当に。私の前の色恋沙汰はいつどこだったの?」
そう聞かれたので私はスウェーデンでお松の家に泊めてもらっていた時のことを話した。すると、彼女は急激に暗い面持ちになって私からさっと身を離した。
「ちょっと待って、それっていつの話よ。」
「2週間くらい前かな。」
「あ、それはだめ。それはだめだわ。」
「どういうこと?」
「要するに、あなたは行く先々で女を作って回ってるわけでしょ?で、私もその一人にすぎなかったのね。がっかりよ。私にとってあなたは特別な存在になるかと思ってたのに。」
「いや、それは過去の話であって、君のことは俺も、本当に特別に思ってる。一人でいても、他の人といても、いつも君のことばかり考えてるし、君と一緒にいる時間は俺にとってとても大切だよ。街で面白いものをみたら、君にその話をする時のことを一番に考える。俺が君に対してお松さんや他の人たちにとは違う気持ちを持ってることは確かだよ。」
「当たり前でしょ。私はそういうアバズレたちとは違うんだから。あなたは心の中で私のこと馬鹿にしてたのね。ちょろい女って。気持ちが悪いわ。チェコから出ていきなさい。どこへでも行けばいいわ。」
「ちょっと待って、そんな言い方するなよ。分かった風なこと言わないでほしいな。」
「でも分かってしまったんだから仕方ないでしょ。全部分かってしまったの。」
「分かってないよ。じゃあ君は今まで俺以外の男と寝たことがないのか?さっき元カレ”みたいな”ひとのためにベタベタするなって言ってたけど、それだってひと月もたってないんじゃないか。フェアじゃないよ。」
「私が男の人と寝るときは感情が伴ってるからあなたとは違うわ。あなたは大切に思ってない人とも寝てきたのよね。それと、嫉妬はみっともないわよ。男らしくない人、わたし嫌いなの。」
「大切に思ってないとは言ってない。そこに愛があったかは分からないけどね。でもそれは君も同じだろう。感じのいい人がいたらちょっと試してみるということをしてるから、さっきみたいな煮え切らない関係を街のそこかしこに残してるんだろうが。嫉妬はみっともないだと?そもそも嫉妬でキレだしたのはどっちだよ。」
「私は切れてないわよ。声を荒らげてるのはあなただけ。それも本当に萎えるわ。やめてちょうだい。もう帰りましょう。あなたはどこへなりとも行くといいわ。」
「本当に残念だよ。こんなことが大事になって。こうなると分かってたら、俺だってお松のところにもいってないし、タイでも…」
「タイでも?」
「あわわ、いや、それはいいんだけど、とにかく今はこんなことになって、今までいろんな人と寝てきたことを後悔してるよ。」
「すいぶんたくさんの人と寝てきたのね。何人か言ってみなさい。」
「いやだね。」
「じゃあたくさんってことね。」
「いやそうじゃなくて…そんなのいちいち数えてないからすぐには答えられないよ。」
「数えきれないくらいの数なのね。あなた本当に馬鹿だわ。もうボロが出ないように黙った方がいいわよ。私は今まで付き合ってきたのは4人だけ。」
「で、その4人としか寝てないの?」
「それ以外に2,3人くらい寝てるかもね。」
「ちょっと待てそれはさっきの感情云々とかいう話とつじつまが合わないじゃないか!」
「もうこの話やめましょ。私悲しいの。」
「な…おま…分かったよ。君が悲しいのは嫌だ。ハグしてもいい?」
「今は遠慮しておく。今あなたにできることは何もないわ。」

私たちはモールを出て、帰途に就いた。電車でも口論は続いた。彼女は「あなたが怒って取り乱してる姿見たくないんだけど」と繰り返し言った。
彼女は、「私もう落ち着いたけど、やっぱりあなたは旅を続けるべきだと思う。そもそもその為にヨーロッパまで来たんだしね。」と冷たく言った。
私は彼女と道を別ってから、沈み切った気持ちでブラチスラバ行きの電車を予約した。

宿に着く。もう部屋は暗くなっていた。知らない顔が3人。二つある2段ベッドの上段の二人はひそひそ話していた。私もささやき声で挨拶する。
「こんばんは。遅くに入って来て申し訳ない。」
「よう!いやいや、俺たち、まあ少なくとも俺は時差ボケか知らんが全く眠くないんだ。俺はベンジャミン。こいつはイリヤ。」
そういってベンジャミンは向かいのベッド、即ち私のベッドの二階に寝そべっている男を指す。私は二人と握手する。
「よろしくベンジャミン、イリヤ。俺はコウスケ。会えて嬉しいよ。」
ベンジャミンはたしかに随分元気そうだ。イリヤは比較的物静かな雰囲気だが、彼も眠そうではない。ベンジャミンが言う。
「なあコウスケ、もしよかったら、せっかくだし俺たちと一杯飲まんか。これも何かの縁だ。」
私は悲しい出来事の後で、この二人との出会い、そして二人、特にベンジャミンが発する溌溂としたオーラに救われた。私は二つ返事で答えた。
「おう、もし二人がまだ眠くなければ、ぜひ行こう!」
二人ともベッドから降りてくると筋骨隆々とした大男で、かなりいかつい印象である。特にベンジャミンはいかにも体育会系の風貌なのだが、屈託のない、非常に爽やかな男だった。どうやら敬虔なキリスト教徒らしい。オランダ人なのでベンヤミンと呼んだ方がよかろう。イリヤはおとなしいが、おしゃべりは結構好きなようで、ぼそっとはさむ合いの手が面白かった。彼はウクライナ人。
バーを探して我々は彷徨する。もう時刻は朝の1時半に近い。
「ちょっとお腹が空いたな。」
と私がこぼすと、すかさずベンヤミンが
「では食事もとれるところに行こう。お、ここのピザ屋はどうだ。」
と店を見つけた。二人にピザでいいか聞くと、酒があるなら何でもいいさ、という。

ピザを一枚頼み、3人ともピルスナーを注文する。
私がその日リダとした口論について話すと、イリヤは
「そんな女のことは忘れな!お前にはもっといい女がいるよ。まあ見つからんなら見つからんでもいいさ。女に振り回されてたら人生前に進まんぜ。」
と言った。私は、しかし私は彼女のことがまだ好きだし完全に別れたわけでもなさそうなのでどうにかしたいのだ、と言った。
「うむ。ま、惚れた弱みよのう…よりを戻すために努力してもいいかもしれんが、自分の中で譲っていいことと悪いことの間に明確に線引きしておくべきだと思うな。」
ベンヤミンは冷静に助言してくれた。

ほろ酔い加減で突発的な飲み会はお開きとなり、一同はプラハの寒い夜の石畳に踏み出す。帰り道で調理器具のようななにかが車止めのポールに打ち捨てられていたのが無性に面白く、3人でひとしきり笑った。

再び宿に戻る。リダに関する暗澹たる思いと、新しい二人の旅仲間の気遣いへの温かい感謝を胸に眠りに就く。


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