見出し画像

はじめることをはじめるために

3月8日76日目。

カメラというものにほとんど触れたことのないまま28年を過ごして、地元遠別町で見た日本海の夕焼けに心が躍動して初めて手にしたのがCanonのEOS KissX5、いわゆるデジタル一眼レフカメラだった。説明書は一度も読まずに少しだけ充電したバッテリーをカメラに装着して、夜の自宅周辺で初めてシャッターを切った瞬間は今もまだ記憶に残っている。初夏、雨上がりの蒸し暑さを感じた夜。

はじめてシャッターを切った写真

すこし奮発して購入した大きめ容量のSDカードは挿しっぱなし、なにもわからないまま試行錯誤しながらマニュアル設定で少しずつカメラの扱いを覚えた。初期衝動を感じた夕陽だけではなく、近くにいる人を撮るようになった。そんな活躍したSDカードは今年になるまで使っていた。特にカメラが活躍したのは勇気を振り絞って参加したイベントのときだった。

なにもわからない・できない状態で地元に戻って、まわりで活動している人たちすべてがすごい人に見えていたとき。自分にもなにかできるはずと息巻いていた自信も砕け散り、生来の人見知りもあいまって人に声をかけることも躊躇して、少しのプライドが働いて孤独のまま席に着いていることを恥じて喫煙所に入り浸る。そんな状況を変えることができたのもカメラを手にした影響が大きい。

カメラを構えていれば、人に声をかけることができずに孤独でいることを誤魔化すことができた。なにかをしているふうに装えた、はじまりはそんなものだったような気がするけれど、そのときに手癖で撮影した写真は誰かが喜ぶものになることを知った。

カメラで撮ったはじめての夕陽

なにかをやりたいけど、どうしたらいいかのわからない、やりたいことがわからない、そんな人が近くにいるのならカメラを買って、気になるものを撮り始める習慣をはじめることをすすめている。なんならスマートフォンで意識的に撮ることをはじめてみても良い。意識的に「今」を残しておいてほしい。お金になるかどうかではなくて、はじめることと、続けていくことは価値のあることだと今更ながら感じているからだ。二度と見ることができないかもしれない景色、一緒に過ごしている人が変わっている、この土地の写真が増えている、新しい仲間が写っている、新しくこんな場所ができた瞬間、今ではなくなってしまった場所、そして人。はじめるのは、はやいに越したことはない。

主張が苦手な人ほど、カメラは良いツールになる。シャッターを切ったその瞬間の自分が感じたこと、被写体の状態その瞬間を残しておくことで伝わるものが間違いなくある。撮影した写真は、一緒にいた友人知人、参加者に共有をしてみることも続けてみる。きっと喜んでくれる、なにより晩酌の肴にもってこいだ。

はじめることを躊躇するよりも、はじめることをはじめるためにカメラをはじめてみてほしい。日々を撮り続けること、意識的に残すこと、それが習慣になればきっと悪い結果は生まれないはずだから。


今日の一枚。はじめてのカメラが届いた翌日に、実家に戻ってきていた妹二人と父親と花火をしていた。技術はいまいちだけど、今見ても良い写真。 


この記事が参加している募集

カメラのたのしみ方

ご覧いただきありがとうございます。いただいたサポートは生活の糧(アルコール・温泉・ガソリン代)にさせていただきます。よろしくお願いします。