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第11回 蛭子さんになりたい

 おもちちゃん(仮名)は、私の写真展に何度か遊びに来てくれたことがある女の子で、ちゃんと話すのは初めてだった。結婚2年目で、現在はカフェでアルバイトをしているという。色白で、おっとりほんわかしているが、精神は不安定なようだった。 

「薬を飲まないと、人と喋れないんですよ」

 喫茶店のテーブルで向き合うと、おもむろにポーチから頓服薬を取り出し、口に放り込んだ。私が驚いて見ていると、おもちちゃんは自分の病歴を説明してくれた。

「中学3年生のときに離人症が酷かったんです。勉強はできないし、友達はいるけど楽しくないし。中学は校則も厳しくて、ポケットにものを入れちゃいけないとか、髪の毛を後ろで結ぶのはいいけど横で結ぶのはダメとか、今考えると意味不明な気持ち悪いルールがいっぱいあって。中3でパニック障害になったんです。高校進学のことを考えてたらいきなり発作が起きて、次の日、目が覚めたら世界が気持ち悪く見えて。自分の手が自分の手じゃないみたいに見えて、この世界なに? みたいな。はじめて心療内科に行って、そこから薬を飲んでます」

 病名は、病院を移るごとに変わるという。パニック障害、適応障害、発達障害、社会不安障害、うつ病と言われたり、うつ病じゃないと言われたり。

「病名はもうどうでもよくて、とりあえず今は、仲の良い友達と会うときでも薬を飲まないと会えないです」

 それでも、大嫌いな学校ではなく、主婦でアルバイト生活の今は、人生で一番幸せだという。

「一番最近学んだのは、余計なことは言わず、当たり障りのない会話しかしないってこと。友達にも突っ込んだアドバイスとかしないで、『へー、そうなんだ、大変だねぇ』ってやっとけばたぶん失敗しない。バイト仲間からは『おもちさんって優しそう、怒ることなさそう』って言われるから、そう見えるんだったら、じゃあそうしとこうと。優しい主婦みたいに見えてるならそれでいいかなって」

 確かにおもちちゃんは、優しそうな雰囲気をしている。ゆっくり穏やかに喋る感じが、余計にそう思わせる。見た目通りになるのが逃げ道ということか。

「本当はそんなことないから。昔、百貨店でバイトしてた時は、店長と喧嘩して辞めたんですよ。百貨店ってお客さんも怖いし、社員さんも意地悪で仕事を教えてくれなかったりするんです。何もわからないのに、入って2週間で一人で店に出ることになって、店長に抗議して泣きながら言い合ってもダメで。最終的には辛くなって、お客さんが来ても無視したんです。いらっしゃいませも言わずに。それが22歳くらいかな」

 その経験から、今のバイト先では何も言わないのだという。

「間違ってると思うことでも意見しない。それで優しい人でいられるなら別にいいです」

 おもちちゃんは、適応する方法を模索し、薬を飲んで「まとも」になろうとしているようだった。

「正常な人? 普通の人? そういう人でいるために薬を飲んでます。みんなどうして薬を飲まないでも、知らない人と会ったり、元気に毎日働いたりできるんだろう。⋯⋯わかんないですけどね。本当はみんな病気かもしれないし、すごく優しくていい人でも病気かもしれないですけど。でも多くの人は薬がなくても人と会えるのって凄いと思う」

 薬を飲まないで生きられる人が不思議に見えるようだ。根本から治療しようと思ったことはあるのだろうか。

「ないですね。騙し騙しです。治るかどうかは、どっちでもいい感じ。薬を頼らずにいけたらいいけど、みんなお酒とか飲んでリラックスしてタバコ吸うじゃないですか。それと一緒だと思うんですよ。私はお酒もタバコもやらないけど、私にとっては薬がリラックスするものだから。毎日コーヒー飲む人もいるし、それと一緒」

 確かにそう言われると、他の嗜好品と同じなのかもしれない。世の中のほとんどの人は、リラックスするための何かを必要としている。

「自分ではまったく変だと思わないです。でもバイト先の人に、安定剤を飲んでると知られたら噂されるんだろうな。『え、大丈夫ですか?』みたいに言われて、すごい異常者を見る感じで言われるんだろうな」

 おもちちゃんにとっては、どういうときが苦しい場面なのだろう。

「例えば学校とかバイト先の人たちと飲み会しようってなったら絶対に嫌です。この前も、バイト先の主婦グループから飲み会の誘いを受けたんですけど、流しました。同じ主婦だからって、ほとんど知らない人たちと話して、何が面白いのかわからない。私はそこへ行って何を話せばいいの?」

 主婦とか、学生とか、カテゴライズされたものに合わせるのがストレスなのだろうか。

「それはあります。バイト先に年上の中国人留学生がいるけど、その人と話すのはラクなんですよ。異国の人だし、生まれてきた環境も違うので」

 規格外の相手なら、「普通」を求められることもないのだろう。

「そうです。たまに別の国にいって住んでみたいと思うときがあります。アメリカのウォルマートの店員さんが羨ましい。すっごい雑で、みんなスマホ弄りながら仕事したり、音楽聞きながら接客したり。日本はきっちりしてるから、それが良いところでもあるけど、やりすぎなとこもあるし、それが普通になっちゃってるところが苦しいんだと思う⋯⋯」

 気づくと、おもちちゃんはだんだんと口数が減っていた。おしぼりの入っていたビニール袋を、せわしなく結んだりしている。

「言葉がでない、⋯⋯いつもなんですけど。人に説明するときとかに言葉がでなくなっちゃうときがあって。なんでですかねぇ、薬のせいなんですかねぇ、わかんないですけど。安定剤は、ちょうどよく効くとハイになってしまうときがあるんですけど、飲みすぎると落ち着きすぎてボーっとする感じがあります」

── 素の状態はどんな感じなの?

「素がわからないんですよね。人と会うときはほとんど薬を飲んでるので、自分の平常心というのがわからない。でも、素はたぶんこんな感じです。ボソボソ喋って⋯⋯」

 おもちちゃんはボーッとしながら宙を見つめていた。そしてふいに思いついたように喋りだした。

「みんなディズニーランドが好きじゃないですか。私は大嫌いなんですね。すべてが人工的で気持ち悪いし、乗り物に何時間も並ばないといけないのも嫌だし、生えてる植物も作られた感じで。汚いものを全部隠して、自然なところがないじゃないですか。でもディズニーランドは人を楽しませるために作られた場所だから、それを楽しめないということは、私に欠陥があるのかなって思う」

 多数派に入れないことに、おもちちゃんは敏感なのだろう。みんなが疑いなく同じ方向を見ていることに対して、ストレスを感じるのは私も同じだ。ひょっとすると、サル山のサルにも、同じような外れ者がいるのかもしれない。

「うまくやれない奴はいるんだろうな」

 ペンギンやゾウも集団生活をしている。

「でも、動物は生きるか死ぬかが一番重要だから、違うかも。相手にどう思われるかなんて考えないだろうし、自分の見た目とかもわからないから」

 確かに、その通りだ。自意識過剰になるのは人間特有のことかもしれない。みんなが常識に沿って同じことをやり、そうしたくないと思っても合わせるのは、人の目が気になるからだ。薬を飲むのも、「普通の人」に擬態するためだろう。
 おもちちゃんはまた宙を見た。誰もいない空間を見ているので、ひょっとして幽霊が見えるのかな思ったけど違うらしい。しばしの沈黙のあと、また唐突に口を開いた。

「私がいいなって憧れるのは、蛭子能収さんです」

 私は笑ってしまった。でも、おもちちゃんは真剣だった。

「タレントでクズみたいに言われてるけど、漫画家として面白いし、頭がよくないとああいう漫画は描けないと思うんですよ。蛭子さんが人生相談をしているふざけた本があるんですけど、人にどう思われようがいいじゃないですか、尊敬されない上司がいたっていいじゃない、とか言ってて、凄く羨ましいな、この人いいなって思いました」

 なるほど、ディズニーランドが究極に作られた世界とするならば、蛭子さんは究極にナチュラルなのかもしれない。

「そうなんです。人間の汚い部分とか欲望に正直で。悪人も善人も、障害者も健常者も、美人もブスもいて、それが当たり前の世界だみたいな感じで、綺麗事を言わないんです、まったく。わざと変人にしてるわけでもないし、すごく普通なんですよ、蛭子さんは。アーティストの中には、わざと変人ぶって注目されようとする人もいるけど、蛭子さんはたぶん何も考えてなくて、そのままで。自分にも他人にも期待してないんだと思う。すごくいいなぁって」

── 蛭子さんみたいな人ばかりいる世界だったらいいなってこと?

「いや、蛭子さんになれたらいいなと」

 ほんわかした見た目のおもちちゃんが、実は蛭子さんになりたがっているとは、誰も想像がつかないだろう。

「公園で寝てるオッサンとか見ると羨ましいなと思います。20代の女性が公園で昼間に寝てたらおかしいじゃないですか。でもオッサンって何しても自然じゃないですか。『オッサンだし』みたいな。オッサンがそこらへんで立ちションしてても怒られないし、オッサンと犬って似てるなって。女の人生も楽しいけど、そういう部分を捨てられたら見た目も気にしなくなるし、そうなってみたいなって気がする」

 おもちちゃんは、社会のあらゆる規範が嫌いなのだろう。学校、集団社会、女性らしさ、主婦っぽさ。思うががままに生きれたらいいが、20代の女性には縛りが多すぎて、そう簡単に開き直ることはできない。

「電車が一分二分遅れただけで、駅員さんが謝るのが私は凄く嫌なんです。前に、若い駅員さんがお爺さんに文句言われてたのを見たんですよ。『俺は足が悪いから、乗り換えが早くて間に合わない』って、電車の発車時刻が過ぎてるのにお爺さんが怒鳴りつけてて。私は見てられなくて、近づいていって「オイッ!」って言ったんです。でもそのあとに言葉が出てこなくて、そしたら遠くにいたサラリーマンが私より大きな声で『いい加減にしろ! 迷惑なんだよ!』って怒鳴ってくれて。そしたらお爺さんはまさか怒られると思ってなかったらしくて、びっくりした顔して急に大人しくなって電車に乗って座っちゃったんですよ」

 言い返せば、こんなにも早く片付くということだ。けれど、駅員さんはルールとして謝ることしかできない。

「みんな見てるのに、なんで誰も何も言わないんだろう。なんでもっと早く助けてあげないんだろう。だって駅員さんはお客さんに怒れないじゃないですか。そういうの見てると私は怒鳴りたくなります。誰のおかげで一分一秒遅れずに電車が来てると思ってるんだ」

 ひょっとすると、過剰にシステム化された社会に適応できない人が、薬を必要とするようになったのかもしれない。もしも日本に生まれていなかったら、おもちちゃんは病気になっていなかったのだろうか。

「なってないかもしれません。だってインドみたいに電車の上に人が乗ってたり、遅刻が当たり前の国だってあるわけじゃないですか。こんなに正確に電車が来るように働ける人って、私には理解できない⋯⋯。だから尊敬するんです。もう殴りたいのは駅員さんのほうだと思うんですよ。バスの運転手だって、もし嫌な客とかいたら嫌な気持ちになるじゃないですか。本当にムカついて、全員道づれに大事故起こしてやろうと思えば起こせるし。お客さんは神様じゃない。働いてる人とお客さんは対等だと思う」

 おもちちゃんはまるで、社会を映す鏡のようだ。社会が歪んでいるから、拒否反応を起こして病気になっているのかもしれない。逆に、一分一秒が正確な世界で、その場その場のルールに従える人は、適応力が高いのだろう。彼らは、戦争が始まって人を殺すのが当たり前になれば、すんなりと殺人犯になれるのかもしれない。「こんなのは変だ」と拒否して病気になる人のほうが、なんだかまともにも見えてきた。けれどそれでは生きていけないから、薬を飲んで「適応する人」に擬態する。案外そういう人は多いのかもしれない。

「まとも⋯⋯、ハハ」

 おもちちゃんはおそらく、自分を治療が必要な人間だとは思っていないだろう。

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インベカヲリ★

1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
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