第10回

第10回 何かになるための買い物

 久々に会うと、女性は雰囲気がガラッと変わっていることがよくある。半年ぶりに会うコケシちゃん(仮名)もそうだった。流行りのボブヘアからボーイッシュなショートヘアに変わり、服も鮮やかな古着系からシンプルなモノトーンに変わっていた。漂う雰囲気もなんだか違う。全てがしっくり馴染んでいて、他の誰っぽくもない。7年ほどの付き合いの中で、なんだか初めて本来の姿を見たような気がした。

「実は部屋のものを、ほとんど処分しちゃったんですよ」

 喫茶店でバナナジュースを飲みながら、コケシちゃんは言った。私はびっくりした。確か一年ほど前に、大昔の職人さんが作ったレトロなちゃぶ台と食器棚を買ったと言っていたばかりだ。それも、わざわざ雪の日に、地方の古道具屋さんへ行って見つけてきたというこだわりようだった。なのに、それらも全て処分してしまったという。

「ようやく理想の家具を手に入れたし、物を揃えて、幸せな生活を手に入れたけど、なんか暮らしにくいし、部屋が狭いな、ちゃぶ台も低いから肩が凝るな、合わないなと思って。ときめかなくなったから売りました。こんまり先生が降りてきちゃって。ベッドも解体して捨てて、テレビは結構前に捨てて、掃除機と電子レンジももういらないなと思ってる。今はちょっとした衣装ケース一個しかないです。リュック一つで、明日にでも引っ越せる家にしたい」

 私の中でコケシちゃんは、お洒落な部類の人だ。今だって、独特な形のアクセサリーを身に着けている。部屋には行ったことがないけれど、おそらくインテリアにもこだわっていたはずだ。しかし、せっかく買い揃えたものをのきなみ捨ててしまうとは。

「結構高いものを処分するときが辛くて。何回かしか使ってないブランドのバッグも手放したんですね。5万円で買ったのに、リサイクルショップでの買い取り価格は5千円。帰り道に『ごめんね』って泣きそうになった。アロマディフューザーとかも、ほとんど使ってないけど捨てました」

 あまりの思いきりの良さに、私が変な声を上げると、コケシちゃんは、真理をついたようなことを言った。 

「物は、自分の心を表す鏡ですよね。誰かの真似をして買ったもの、見栄を張りたくて買ったもの、淋しいときに心を満たそうとして買ったもの。マイナスの気持ちから買ったものは、しっくりこないってことに気づいたんですよ。人の持ち物を見てても、しっくりこないときってないですか? ちぐはぐな感じで、物だけが浮いて見えてたり」

 ドキッとした。必要で買う物もあるけれど、何かになるために買う物もある。私はあまり物を買わないタイプだけど、周りを見渡せば、必要以上の消費をしている人はたくさんいる。
 わかりやすいところでは、タワーマンション、高級車、ブランドバッグ──、そこまで大げさじゃなくても、ゴテゴテしたスマホケースやタピオカドリンクなど、実用性以上の何かで購入するものは、何か別の思惑があるということか。そう考えると、急に人の持ち物が怖いものに見えてきた。みんな何をたくらんでるんだろう。
 コケシちゃんは悟りを開いたような顔で、淡々と話を続ける。

「だから次からは、どんな小さなものを買うときでも、これから一生持っていようと思うものを買うことにしました。それぐらいの覚悟で引き受けるようじゃないとね。買うのは楽しいけど、捨てるのが大変だから」

 捨てるのが大変、というのはよくわかる。粗大ごみを捨てるときは、手間とお金がかかって物理的に大変というのもあるが、そうでもなくても捨てることにはエネルギーがいる。本を捨てるときも、もう読まないと断言できるのか、洋服を捨てるときも、もう着ないと言いきれるのか、いつも自問自答する。思い出があると、捨てるのに躊躇して困る。高かったのにほとんど使ってない場合も、もったいなくて捨てられない。人にあげる場合だって、欲しい人を探して引き渡す手間とお金がかかる。

「持ってないってラクだなと思います。買い物に行って、買うものがないってラクだなって。服も変わりました。今まで、こういう風になりたいってイメージが結構変わるから、いろんな服を持ってたんですよ。古着も好きだし、フリフリしたのも好きだし、和物も柄物も好き。でも、結局飽きがこないのは、シンプルな無地で単色の服だなって気づいたんです。今はほとんど黒のワンピしか着ないし、こういう形だけ着ようっていう自分のスタイルを決めました。一週間の服を全部同じコーデで組めれば、それをローテーションできるから。プラスチックの衣装ケース一個分に、春夏秋冬を全部入れようと思ったんです」

 商品が溢れている世の中で、物を買わないというのは逆に難しい。誘惑はそこかしこにある。

「東京は本当に物が多すぎる。私は物が好きなんですよ。物を見るのが好きだし、すぐ欲しくなっちゃうから。自分の軸をしっかり置かないと無限大に買ってしまう恐れがある」

 コケシちゃんは上京して9年目になる。私が連載7回目で書いた『東京は擬態する場所』についても、とてもよく理解できると言っていた。

「東京の人は、『お洒落な生活している普通の人』っていうのを演出するパフォーマーですよね。23区という舞台の上で。私は地方都市でも一人暮らしをしてたけど、東京は別もの。テレビの世界に近いんですね。街のインテリアショップに行っても、イオンとはまた違う感じ。イオンの安心感も好きですけどね。上京したばかりの頃は、憧れに近づきたいと思ってた。昔、同じ上京組の子と話したことがあるんです。『上京さえすればお洒落な人間になれるって信じてたのに、なんか垢抜けられないよねぇ』って」

 コケシちゃんは、お洒落な東京生活を実現し、手に入れたとたん「こんなものは必要じゃない」と気づいてしまったということか。

 「今は、服と家の擬態を止めました」

 擬態を断捨離したのだ。

「その言葉、しっくりくる。周りの可愛い女の子に合わせるのが疲れたっていうのもあるんです。可愛い女の子の真似をするのに疲れた。隣の人がめちゃくちゃキレイな人でも、私は隣で納豆ご飯を食べようと思った。私はそれでいいです」

 久々に会って、コケシちゃんの雰囲気が変わったように見えたのはそういうことだったのだろう。物を捨てて、擬態が消えたら、本来のコケシちゃんが現れたのだ。

「大事なものってそんなにないんですよね。擬態して生きる必要ってあるんでしょうか?」

 きっと多くの人にとっては、擬態するほうがラクなのだろう。他人が共通して持っているイメージを身に纏えば、何者かになれる。強者の記号、美人の記号、金持ちの記号、幸福の記号──、記号を所有すれば、他者イメージも、自己イメージもコントロールできる。でもそれが、必ずしも楽しいとは限らない、ということだ。

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インベカヲリ★

1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
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