第7回 東京は擬態する場所

 会社帰りの日和ちゃんは、OLとは思えないほど明るく可愛い服を着ていた。リメイクされたシャツワンピに、派手なピアスが片耳で揺れている。透き通るような肌に口紅が艶々と光り、待ち合わせの駅前でひときわ目立つ華やかさだった。

「今日ヤバいLINEきたんですよ」 

 見た目とは裏腹に、話題はいつもエグイ。
 喫茶店につくと、日和ちゃんは笑いながら携帯をの画面を見せてくれた。そこには、彼女への説教がつらつらと並んでいる。送り主は10歳以上年上の男性で、一回食事して何度かやりとりをしただけの知人だという。

「ここ最近、家のごたごたで忙しくてLINEの返信をしなかったら『困ったときだけ連絡してきて、それ以外は無視するって人としてどうなんだ』みたいに怒ってて、挙句にブロックされた」

 それだけでは飽き足らず、ツイッターにまで日和ちゃんの性格を非難する言葉がツイートがされているという。いい大人がLINEのやりとりごときで文句をつけていることに私はびっくりしてしまった。

「『困った時だけ』って、たまたま知り合った時期にトラブルがあったから話しただけで、別に相談したわけじゃないんですけどね。結局この人は、私が理想や期待と違う行動をしたから怒ってるわけでしょ。たった一回会っただけの人に、どうしてそこまで期待できるんだろう?」

 日和ちゃんは冷静だ。いつも笑いながら人を分析している。そして、美人で目立つ存在なだけに、男性相手のトラブルも多いようだった。

「来年3月に会社を辞めて、引っ越そうと思ってるんです」

 話は、仕事のことへと移った。

「今働いてる会社は、制服があって、30年以上続いてて、本社が東京にあるっていう条件だけで選んだんですね。女性社員は寿退社が前提で、面談のたびに『彼氏いるの?』『結婚は?』って聞かれる。タバコ吸ってれば『ショック!』とか言われるし。この前社員旅行があったけど、ピンクの派手なワンピを着てったら『写真撮っていい?』『ツーショット撮ろう』とか言われて、何に使うのか聞いたら『ほかの班の人に見せるから』って。男の人は無自覚にそういうことしますよね。悪いことだと思ってないでやる。そういうのも『女性社員はこう』っていう理想や期待があって、それにそぐわない行動してるからいちいち驚いたり写真撮ったりしてるんでしょ?」

 男たちの無神経さに怒っていた。一方で夜はクラブでアルバイトをしている。そこでは客に何を言われても平気なのだと言う。

「なんでだろうって考えたら、お金貰えるからだよね。夜の仕事の何がラクって、仕事さえしていれば文句を言われないこと。プライベートも聞かれないし、私服どうのこうの言われない。お金貰えるから、お客さんに何言われてもハイハイ聞き流せる」

 会社でも、日和ちゃんは同じことをしている。

「女の子は、上司の男性に話しかけられたらニコニコ話を聞いて、聞き役に徹して、相槌打って、飲み会でお酌をする、メニューを渡す。まれに評価してくれる人がいても『気が遣えるね』ぐらいじゃないですか。こっちが無意識でサービスしてることを、素でやってると思うなよ!」

 それが余計な労働であるとは、思われていない。古い体質の会社だからというのは大きいだろう。日和ちゃんはどうも古いタイプの男ばかりを引き寄せるようで、プライベートでも会社でも「理想の女」を押し付けられることが多いようだった。

 しかし、今の彼氏は違うようだ。

「今の彼氏は“人”に興味がない。私が夜の仕事してるっていっても、へーっていう感じ。会社辞めるって言ったら『じゃあうちに来て一緒に住む?』って言うし。料理も洗濯もしてくれる。『今日誰と会った?』とかいちいち聞いてこないし。凄いラク。何も期待や理想を押し付けてこない。そんな男初めて。私、期待や理想を押し付けられるのが嫌だったんだって気づいたんですよ。親だって理想の娘像を持ってて、私がそれを演じてる姿しか知らないわけじゃないですか」

 日和ちゃんは器用に擬態できてしまうタイプなのだろう。親の前では「理想の娘」、会社では「理想の女性社員」を演じている。

「東京は絶対的に擬態する場所ですよね」

 話は“東京”へと広がった。

「東京の人はみんな、東京という場を盛り上げるパフォーマーですよ。令和になるんで、渋谷に行けば何かあるだろうと思って、わけもわからず来た人が渋谷を盛り上げるパフォーマーになる。みんながちょとづつちょっとづつ演じて、均衡が保たれて東京という舞台が盛り上がってる」

 日和ちゃんは中部地方の出身で、実家は鹿やキジやタヌキが出る山の上にある。私は東京出身で、東京にしか住んだことがないため、その感覚は知らなかった。

「東京はどんな派手な服を着てても指さされない。いや、指はさされるんだけど『どこの家の〇〇ちゃん』じゃなくて、私個人がさされるからラクなんです。私という人間がなんの前情報もなく、私という人間でいられる。田舎は基本的に集落というくくりでしかないんです。個人じゃない。そこから逃げ出してきた人が東京ドリームを描いて上京する。思い描いていた夢の東京生活を実現するため、東京という舞台を作るため、パフォーマーとして理想的な生活に擬態する」

 やけに断定的なのは、日和ちゃん自身がそうだったからだ。

「私が東京に来て一番最初にしたことはメイドカフェのアルバイトだったんですね。当時の私にはあれが東京の象徴だった」

 それを聞いて、私は自分の高校時代を思い出した。私は都心にある私立女子高に通っていて、入学して一番驚いたのは、クラスメイトの半分が埼玉から来ていていることだった。千葉や神奈川の子もいたけれど、なぜか埼玉が圧倒的に多く、初めて喋る子からは必ず「県民? 都民?」と聞かれる。「東京」と答えると、「いいねぇ」と持ち上げられたり、「その割には……」と下げられたりしながら、いちいちリアクションを取られることに酷くカルチャーショックを受けた。埼玉からわざわざ満員電車に乗って偏差値の低い都心の高校に通う生徒は、何がなんでも都会の女子高生になりたいと思っている野心家である。当時は女子高生ブームだったから、女子高生といえば渋谷や池袋で遊んでいるイメージがあったのだ。そしてクラスにいる派手な子たちは、ほとんどが埼玉から来ていた。クラスで一番尖がっていたギャルが、家のトイレが汲み取り式と言っていて衝撃を受けたくらいだ。逆にクラスでもっとも地味で性格のフラットな子は、銀座に住んでいた。
 私はこのときはじめて埼玉の人が抱く東京コンプレックスを目の当たりにしたし、東京のカルチャーを作り上げてるのは埼玉の人なのだと知った。さすがに今はそんなこと思わないけど、当時の私の学校の中では、本当に実際そうだったのだ。
 パフォーマーという話を聞いて、当時の現象がストンと腑に落ちた気分だった。

「東京出身の人は東京が当たり前の環境だから、東京に何も求めてないんでしょうね。『これが東京らしさだ!』みたいなの、あんまり持ってないから。5分に1本くる電車も、何線も入り組んだ地下鉄も、地下鉄が地上を走ることがあることも、駅にルミネやマルイが併設されていることも、渋谷には若い人たちが集まって、銀座には大人が集まって、港区は金持ちで、六本木は海外の人たちが飲みに来る街で、それぞれの街に各々の文化があること、当たり前のように思ってるのかなって。田舎はそうじゃないから。東京で変な事件が起こらないのは、みんなパフォーマーだからですよ」

 話は“事件”へと広がった。

「田舎は、どの家に誰が住んでいるかわかるから、何か変なことが起きても『あそこは〇〇さんの家だから』で、それ以上つつかない。だから怖い事件が起きる。よそ者が一家全員を洗脳して殺し合いをさせるとかね。心理が解明できないやつ」

 そういえば先日、いかにも新宿らしい事件が起きたばかりだ。歌舞伎町でガールズバーの店長を務める21歳の女の子が、自宅の高級マンションのエントランスで交友関係にあったホストを包丁で刺したのだ。事件直後、血まみれで横たわる被害男性の横で、タバコを吸いながら電話をかけている女の写真がネットに出回っていた。二人が美男美女だったこともあり、それはまるで映画のワンシーンのようだった。その後、移送される際に見せた笑顔や「好きで好きで仕方なかった」という供述など、事件そのものが演劇的な展開を見せ、世間の注目を浴びていた。私もご多分にもれず、その日は事件関連の情報をネットで検索しまくっていた。

「あれは、みんなが想像する歌舞伎町を体現してくれたから盛り上がったんだと思う。『闇金ウシジマくん』とかで見る話。“歌舞伎町の女”という、自分では演じられない役をやってくれる人を、みんなずっと待ってたんだと思う。あの子が30代だったら、OLだったら、容姿が醜かったら、歌舞伎町ではなかったら、人はあんなに喜ばない。想像して思い描いてた演目内容、演者じゃないと喜ばない。みんなの憧れや想像していた歌舞伎町こそが、あの女の子の事件だった。だからあんなに注目されて熱を持った騒ぎになった。みんな座席から立ち上がって拍手を送った」

 私には考えもしない視点だった。でも本当にそうかもしれない。
 随分前にハロウィンの日の渋谷で、悪ノリした男たちによって軽トラックが倒される事件があったけれど、あれも考えてみればパフォーマンスだ。「ハロウィン」の「渋谷」という場でなければ起こらない。

「元から東京にいた人には、なぜそんなにこの場所に憧れて、演じたり自己プロデュースするのかわからないんでしょうね。だって東京に憧れや夢を抱いていないから。これって、都会の人が田舎暮らしに憧れてる場合も同じかも。都会の人が田舎暮らしを始めたら、憧れていた田舎の人を演じるのかもね」

 きっとそうなんだろう。私の知り合いにも、東京出身で田舎に移住した人が何人かいる。JRの車内広告では、一時期盛んに、理想の田舎暮らしを謳った戸建住宅が宣伝されていた。

「田舎に移住する人には、その人が描いて求めた田舎のイメージがある。エコな暮らし、スローライフ、持たない暮らし、自然と寄り添った生活、そういう言葉を掲げた本がたくさんある。私、これからは東京にいた人が田舎に出ていくような気がするんです。東京の舞台にうんざりして、在宅ワークとかリモートワークとか推し進めてる。東京のよくある光景、朝の舞台を変えようとしてる。田舎ドリームを抱いて理想的な田舎の人に擬態する。田舎でパフォーマンスを繰り返す。家の庭で畑を作ったり、お裾分けしたり、子どもが走りまわれる広い部屋を作ったり、花をたくさん植えたり。田舎ドリームと東京ドリームを持ったそれぞれの人が土地を入れ替えて、理想的な生活を作り上げる。そしてまた他人に押し付ける」

 他人に押し付ける、やはり人はそうなってしまうのか。
 天然コットンの服を着て、無農薬野菜を勧めている人のイメージが頭の中に浮かんだ。

「田舎は集落だから面白い役もないし、パフォーマンスしても見てくれる人が少ない。でも新宿、六本木とかは、舞台は小さくても役回りはたくさんあるし、人々が注目してくれる。田舎から上京してきた人はそこに中毒性を覚えて必死に東京で擬態を繰り返すのかも。自分が擬態なのか、どれが本体なのかわからないくらいに、ずっと。私はずっと演じて擬態してうまく生きてきた。東京をつくるパフォーマーとしてうまくやってきたんです。役があるほうがラクだったし、自分以外の誰かになるほうが生きやすかったから。でも今はいろんな人が私に対して勝手に私の役をあてがいたがる。『君はこういうイメージだから、こういう人なんでしょ』って、勝手に今までの経歴と人生を想像して、理想と妄想を押し付けてくる。意にそぐわない役目も押し付けてくる。自己が頑なになった私はそれが面倒になったのかも。時給も出ないしね。もし、私が明るく可愛い子に見えているのならば、それはこっちが演じてあげてるから。私、高校生くらいまで本気で女優になりたかったことを思い出しました」

 日和ちゃんは、私の目にも明るく可愛い子に見える。「演じてあげてる」という言葉にヒヤッとした。

 来年3月になったら、日和ちゃんは会社を辞めて、都心から離れた場所で彼氏と同棲する予定でいる。誰からも理想や期待を押し付けられなくなったら、人はどうなるのか。それはそれで想像がつかない。

「自己肯定感が強くなるかも。人が自信をなくすのって、相手の期待にそぐわなくて『ダメだ』って言われるからでしょ?」

 それでも人が集まれば、均衡を保とうとする力が働く。日和ちゃんは、何かを演じてしまう自分を自覚している。

「私は人は殺さないけど、東大生の女の子が起こした放火事件みたいに火を点けるかもしれないし、『八日目の蝉』の主人公のように子どもを誘拐するかもしれない。田舎のボスママとか、東京から来たお洒落でセンスのある田舎の主婦とか、占い師とか、新興宗教の幹部とかになるかもしれない。そうしたら私は、誰かの“憧れて思い描いた人”を、演じきった人になれるのかな。もうやりたくない役はしたくないし、イメージと妄想と幻想を押し付けられるのはうんざりだから、押し付けてきた人たちを燃やしながら生きていきたい」

 そんな話を聞きつつ、私は来年3月には別の男とトラブルを起こしている日和ちゃんを想像した。それは、私が無意識に押し付ける理想と期待なのかもしれない。

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インベカヲリ★

1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
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