藍を込めて

#007BBB
 自転車に跨って、イヤホンから音楽を流した勢いをそのままに目の前の下り坂をノーブレーキで下っていく。夏と呼ぶにはまだ少し早いような肌寒い風は私の髪を撫で、頬を撫で、私なんか見えていないかのように過ぎ去っていく。
 下りながら見える少し高い建物も山もオレンジに反射して私の目に飛び込んでくる。つい数分前まで教室から眺めていた木に反射する日の光とはまた違った輝き方をしていてどちらも好きな景色だと改めて感じる。
 イヤホンから流れる曲は私がいつかの春に【#007BBB】に教えてもらった曲で、いつの間にか好きで口ずさめるくらいまで聞くようになってしまったことが自然と漏れていた鼻歌で自覚する。
 さっさと聴くのをやめてしまえばいいものを。こんなの聴き続けたっていなくなった人は帰ってこないのに。手を離したのは私なのに。
 でも、なんとなく聞きたくなって何度も何度も聴いてしまう。想いを馳せながら、考えを巡らせながら。
「馬鹿馬鹿しい」
 つくづく自分には嫌気がさす。本当、さっさとやめてしまえばいいのに。
『忘れられない忘れられない忘れられないもんな』
 【#007BBB】はこれをどんな思いで聴いていたのだろう、なんて思いながらダラダラと自転車を漕ぐ。
 駐輪場に着くとよく知った後ろ姿を見つけて思わず声をかける。
「今帰り?」
「うん、そっちも?」
「そうそう。今日は四限までだったから。そっちも?」
「うん」
 自転車をとめてイヤホンを外しながら歩き出す。
「何聴いてたの?」
「あー、これ?」
「ほかにないでしょ」
 長い付き合いだからこそのドライな返しにそりゃそうか、と笑いがこぼれる。これを君以外に聞かれるのはなんとも言えない気持ち、かもな。歌詞の抜粋:夕暮れに映して/秋山黄色  様

君らしく生きられていますか?仮面を被るのは程々にしてほしいな。

#06F70
 すっかり寒くなった二十時。帰宅ラッシュも終わったこの時間は車の通りも少なくて原付でも走りやすくて助かる。
「寒いなぁ」
 思わず独り言が漏れるくらい冷え込む時期になった。朝夕は厚めの上着が手放せない。ついこの間まで秋はなくなったのか疑うくらいの夏日が続いていたのに。
『深い闇に飲まれないように精一杯だった』
 信号待ちではぁっと息を吐き出せばヘルメットが少し白く曇る。透明な部分を上げれば肺を貫くような冷たい空気が顔を撫でる。
 こんなに光があっては流石に星は見えないか、と分かり切ったことを確認する。そんなことをしていると前の車が発進して慌ててアクセルを捻る。
 信号で再び止まったとき、なんとなく【#A06F70】を思い出してなんで今、と思わず下を向く。歌に乗せられて見上げたところで星も月も見えなければ足元にも何も残っていない。
『ただひとつ今も思い出すよ』
 向かいから来た車のヘッドライトに思わず目を細める。ほんの一瞬、目が眩んでなにも見えなくなる。
「見えてるモノを見落として~」
 アクセルを捻ればそんな私の声はかき消されて消えていく。そのまま過去の言動も消えればいいのに、なんて非現実的なことも願ってみる。今年の冬も寒いだろうな、とか気の早いことを考えながら。

歌詞の抜粋:天体観測/BANP OF CHICKIN  様

頑張り屋さんなところも好きだけどたまにはちゃんと休んでね。君の活躍を応援しています。


#BFC5CA
 反対方向に帰る友達と別れて帰宅ラッシュの電車に乗り込む。空いた席に座って適当に音楽を流しながら流れていく外の景色を見る。いつもならスマホを見続けているこの時間もなんだかスマホを見る気になれなくてカバンで通知を伝えるそれを無視し続ける。
 そういえば【#BFC5CA】と一限の日にLINEしてたときにもこんな感じの景色だったな、となぜか懐かしさを感じる。時間帯は全然違うのに。
 今【#BFC5CA】は何してるのかな、なんて考えていると少し前までよく聴いていた音楽が流れ始める。また一段と人が減った電車の中で死にたい気持ちがじわじわと湧いて出てくる。
『悲しいことばかりが人生ではないのでしょう』
 こんなこと一人で考えながら気持ちが沈んでるなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。こんなの知られたら笑われるだろうな。いや、あきれてため息を吐くかも。
 なんとなく予想のつく【#BFC5CA】の表情を思い浮かべてふと笑った顔が結構好きなんだよな、と目を閉じる。
『一つあまり小指は愛おしさのぶんね』
 小指が残らないくらい傷つけたけどな。ネガティブな思考が回り始めたことに気づいて目を開ける。少し目を閉じただけでも外の景色はがらりと変わって見せる。
 私の好意に少しの偽りも混ざっていなかったことはちゃんと伝わっていたのだろうか。いや、あれだけ不安にさせたのだからすべて嘘だと思われていたとしても少しもおかしくないな。私の言葉は薄っぺらいから。
 気が付いたら最寄り駅に着いていた。到着と共に立ち上がった私は長時間同じ体制で座っていたことで凝り固まった体を伸ばす。
『難しいものですね愛するということは』
 明日こそは上手く笑えたらいいな。

歌詞の抜粋:抜錨/ナナホシ管弦楽団  様

貴方の笑った顔が好きです。だから小さなことでもいいから少しでも多く笑って過ごしてね。


#165E83
 読んでくれたかな。もちろん届くとは思ってないよ。誰かがこれを読む確率が本当に本当に低いことも分かってる。でも私が物書きをやめるのにこれは書かないといけないとなんとなく思った。
 多く書くことはしないけど、する資格なんてないけど、一つだけ。私に生きてくれ、生きろって言っていたあなた達が死ぬなんて許せない。だから生きて。私に生きる道を作ったあなた達も生きて。たくさん笑って生きて。
 いつかあなた達に全てが届くことを願っています。

 私が物語を書くのはこれにて終わり。またいつか会おうね。
 ずっと大好きです。愛しています。でもこの言葉に縛られないであなた達らしく生きて、出来ることなら私を一日でも早く忘れて下さい。

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