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伝統工芸の妙ーーヤコウガイ螺鈿と煤竹細工

ガラスのむこうに 男が浮かぶ

螺鈿の こまやかで香り立つような色調が
目を奪ってゆく 手間をかけ
紙よりも薄くした貝 あらわれ出でた表情 
一枚一枚異なる 切片ごとのきらめきに 
言葉を失ひ めくるめく色彩は 
見るものを引き込んでやまぬ
ニュージーランドの貝は 濃い緑と
食べているものや 海水温によって
表出する色も それぞれで

黒檀の板を 選び取り 
切り出すところから 時に透かしを刻み 
紋様の美しさ つやめく土台は 
幾重にも塗り重ねられた 浄法寺漆によるもの
漆も 産地によって経年変化はことなる
ここのものは 時を重ねると一層艶を増すそう

三陸アワビの 濃いピンク色
南方夜光貝の やわらかな煌めき
貝の大きさ次第で 切り出し方や魅せ方も変わるやう
アワビは その小さな片のひとつずつが
桃が 緑や青へと変化して
ちいさき内の 七色の帯
体格のよい夜光貝は 大胆なカットでこそ
貝の厚みから これまでの成長過程や 
秘めし表情を 余すことなく堪能できる
お棗や 茶菓子用フォークの持ち手にも
散りばめられた美に 心がときめく

虹色にまばゆい光を ぢっと眺めをると
その先に ひとをも見ているんだなあと気が付く
吸い込まれ みたいものと現実とを
行き来しつつ 輝きと重みとを感じてゐる

糸鋸など 道具づくりの現場が
国内から消えていく現実 海を渡って来る道具が 
身近になってゆくか 

***
曲がらないものを 愛でまげてゆくのさ

しなやかで優美な弧を デザインの妙を
うっとりと眺めていると 竹藝店の主の声
囲炉裏で燻さる 茅葺家屋の天井木
百年と長い刻をかけて じっくり囲炉裏の煙に燻され
元は青々していたであろう竹材は 艶やかな飴色へと姿を変えた
昔々の素材に籠ったあじわい 自然のものが
ひとの暮らしの中で すまいを支える役目を果たし
日常に彩りを添えるものへと 熱を加え
うつくしく編み込まれ 華麗に変化していく

梁に縄で縛られていた箇所の 色の白きを見るにつけ
染めが終わって紐を解き 色の入らなかった部分を広げたときの
むぞむぞする 面映ゆさが湧き上がって
土に近い根部は太く 天にむかってすんなり伸びた細いところも
節と節の間隔も 十人十色
おなし一輪挿しでも 表情はまったく異なる
ここに至るまで 数多の試行錯誤や苦労があって
磨き上げられた 眼と手とこころ

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いろいろの想いを持った 作り手
誰にでも出来ることではない業 絶え間なく続くことを願う
光のあたらぬ時も 折れずくさらず
真実を 美を 追い求め 継続していくこと
技術や魂を 古より引き継ぎ 
商いや計算だけでは いいものが出来ぬ
生業としていく 不断の努力と覚悟
売り家と唐様で書く三代目 そんな響きも吹き飛ぶ親方語りに
心持ちかろく 夜へ歩み出す


*ヤクゲー:ヤク(南西諸島)、ゲー(貝)の意。
後に薩摩の当て字により「夜光貝」になったよう。

Erat, est, fuit あった、ある、あるであろう....🌛