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藍染めの堅牢度

 天然の染料で染めている、と言えば草木染めをイメージされることが多いと思うし、草木染めなら色褪せも色落ちもしやすいのだろうとも思われがち…
 ですが、染料の調整の仕方や染め方によっては、そうでも無いのです。

とても尊敬している絹織物の草木染め工房IKTT

 草木染めのクオリティの高さで掛け値なくリスペクトしている工房が、カンボジアにあります。クメール伝統織物の工房で、絹糸を括り、草木染めで先染めし、機にかけて絣の生地が織り上げられています。
 クメール伝統織物研究所(Institute for Khmer Traditional Textiles)と名付けられたこのコミュニティは、IKTTという略称で認知が拡がりつつあります。
 年に数回、ここの美しい生地を手に取ることができる展示会が日本で開催されており、タイミングの合う時には楽しみにしてお伺いし、少しずつコレクションを増やしているところです。

 私がここの織物に魅せられている理由の一つが、鮮やかな発色とその堅牢度の高さです。3年前に初めて購入したシルクのマフラーは、全く色褪せしていません。
 もちろん、他のものに色移りしたことも無いのです。
 この工房がどのような経緯で立ち上がり、活動を続けられているのかは、最後にご案内する公式サイトでじっくりご覧いただきたいと思います。
 私がここでお伝えしたいのは、とにかくそのクオリティの高さなのです。

 一般的な草木染めのイメージは、色が褪せたり色移りするのは仕方がないものという認識だと思います。でもIKTTの絹織物にそのイメージは当てはまりません。
 黄色く輝く蚕を丁寧に糸に紡ぎ、織り上がりの模様の図案に沿って細やかな括りを施す。そして森から調達した草木を染色できるように調整し、括りを終えた糸に色を叩き込むよう念入りに染め上げる。そうして堅牢に染め上げられた鮮やかな糸を機にかけ、正確に織り上げる。
 そんな過程で織り上がった生地は、シルクの光沢と相まって艶やかな発色を何年でも保ちます。

 この工房を創設した亡き森本さんのこだわりの一つが「堅牢度」だったと、森本さんと行動を共にされた方から直接聞いたことがあります。品質に妥協したら、その後に続く道を拓く事に繋がっていかないという場面を何度も目にした私には、本質的な事を大切にした取り組みなのだという事が窺えるお話でした。
 森本さん亡き今も、「品質を保つ」ことへの高い意識が守られ続けている事を織り上げられた生地の全てから感じられるのは、素晴らしい事だと思います。そこに携わる人々が、日々の手作業に妥協しないために高い意識を保つことは、言葉で言うほど容易でないから。

藍染めの実際の堅牢度

 前置きが長くなりましたが、草木染めの一種と考えられる藍染めの堅牢度について。
 そもそも「藍染め」と言っても、染料だけで、
・昔ながらの「蒅(すくも)」
・原始的な顔料の「沈殿藍」
・現代的な「化学藍」
・そのほかに工夫された「新しい藍の染料」
と、バリエーションがあり、どれを選んでどんな調整をするかで仕上がりが変わります。それは当然、堅牢度にも影響してくる話です。

 つまり、色褪せ・色落ちしやすい藍染めもあれば、長く色を保ってくれる藍染めもある。少し面倒なのは、店頭に並ぶ藍染め商品を一瞥しただけでは、その差が分かりにくいという所でしょうか…
 とにかく、染料もその建て方(調整の仕方)も、そして染め方も、何を選んで実行するかで仕上がりが違うのだということが言いたいのですが、くどくどいうほど不思議なことではなく当たり前のことに思えてきて、ちょっとトーンダウンしそうになってきました…トホホ。

 私自身は農家に暮らしており、染め終えた甕の中のものを畑に還す前提でいるので、室町時代に確立されたと考えられている「本建て正藍染」で藍染めを続けることにしています。この時代に揃えられた資材で、土に還らないものはほぼありませんから。
 そしてこの技術の嬉しいところは、堅牢度もとても高いことです。
 昔の技術は未熟で精度が低いと考えられることが時々あるのですが、藍染めに関しては、そうとも言い切れない側面があります。なぜなら、天平の時代に染められた藍染めの絹の紐に、今でもしっかりと藍の色が残されているのですから。

 ところで、甕の調整や手入れに「石灰」を使うか「貝灰」を使うか、という選択肢があります。私はどちらでも良いと思っています。実際に自分の甕で試して、染まり上がりを見て決めれば良いことだと考えています。
 自宅の甕は、始めは石灰を用いていました。恐らく徳島で藍建てを習えば、ほとんどの工房で使われているのが石灰だと思います。ですから、母もそのように教わっていました。
 たまたま10年ほど前にきっかけがあり、貝灰で甕の手入れをしてみたら、我が家の甕では驚くほどモダンで鮮やかな色に染まりました。こんな小さな選択一つで、仕上がりにはっきりとした違いが出るのですから、本当にデリケートな世界だと思います。

 実は、明治時代の三重県の資料に、大量の蛤の貝殻の灰を徳島県に出荷していた記録が残されています。つまり、徳島の藍染めで貝灰が使われていた可能性があったということでは無いでしょうか。

 だからと言って、世界中で同じ結果が出るとは限りませんので、「これが正しい」というつもりはありません。ただ試して、比べて、選んだ、という「事実」のお話なのです。
 そしてもちろん、染まり上がった鮮やかな色は、数年経ってもしっかり保持されています。

 百貨店のイベントに藍染め作品を出展する際には、堅牢度の試験が必要な場合があります。そういう機会に実際に堅牢度を検査すると、光による色褪せや洗濯による色落ちなど、ほぼ普通に流通している布製品と遜色なく結果が上がってきます。
 一つだけ、水に濡れた状態での摩擦にはあまり強く無いようで、色移りしやすいと結果が出ます。(これは藍染めに限ったことではなく、帆布などの厚みのある生地で鮮やかな色に染められている生地ではよく見られる現象です。)
 実際に堅牢度検査を行った時に上がってきた結果の数値は、拙著にて公開しているので、気になる方はご覧ください。

 染色工房によっては、堅牢度検査の結果をwebサイトで公開している真摯な発信を心がけておられるところも見受けられます。使い手の立場に立てば、ありがたい情報です。
 こういった事を踏まえつつ、一定以上の品質を保つことを心がけている工房を知り、作品を購入するようにしていくと、藍染めの色落ちに悩まされることはほとんどなくなるはずだと考えます。

藍染めの手入れ

 丁寧に染め上げられた堅牢度の高い藍染め製品を、できるだけ長く良い色で使うための手入れのコツはあるのでしょうか。はい、あります。

・使わない時は暗い場所にしまう
・使っていなくても、時々熱湯に晒して灰汁抜きをする
・洗濯はシンプルな「粉石鹸」で手洗いがベター(色に加え、生地の風合いまで持ちが違います!) 

 天然の藍染めならではの特徴で、熱湯に泳がせると黄色い灰汁が流れ出ます。
 これを放置したままで紫外線に当たると、色が分解されてしまうようです。ですので、定期的に灰汁を流しておくと綺麗な色を保ちやすくなります。
 化学染めでは経験しないコツの一つですね。

 更に可能であれば、数年に1回重ね染めをする。
 かなりスペシャルな手入れですが、引き受けてくださる染め場もあります。
 色が鮮やかに更新されるだけでなく、弱りかけた繊維も補強されるので一石二鳥です。


 最後に、前置きでご紹介したIKTT(クメール伝統織物研究所)のオフィシャルサイトをご案内します。これから「ものづくりの復興」を目指す地域にとって、参考になるビジョンに溢れた取り組みだと考えています。


 堅牢度についての概要と試験方法については、こちらをご覧ください。


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