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ピアニスト、藍の使者になる(6)

 音楽から離れ、藍の道を歩み始めた私に見えてきた、藍の可能性と問題点。この先どうなるのか、どうしたいのか不透明ながらも、藍に惹かれるほどに自分の中の「ルーツの欠落感」が消えていくことに気が付き始めました。

1、基本は身土不二

 藍に出会うきっかけとなったのは、手作り石けんにはまったことでした。これはまだ、会社を立ち上げる前の話です。
 夫が極度の肌荒れに悩んでおり、化粧品から医薬品まで「良い」と聞いたものは可能な限り試していた中で、偶然手にすることができた手作り石けんがきっかけで肌のコンディションがみるみる整い、それなら自分で作ってみようと試作に励むことになりました。
 ちょうど妊娠中でもあったので、生まれてくる子供の沐浴用の石けんも作れるようになれれば一石二鳥。そんな思いで、肌に優しく働きかけてくれる植物油や薬草・ハーブを調べ、可能なものは手に入れて、石けんづくりに没頭していたのです。学生時代の「時代を超えたストーカー」的なこだわり方がここでも顔を出し、その植物に含まれている有効成分が脂溶性なのか水溶性なのかを調べて把握しながら、真夜中のキッチンで「秘密の実験」を繰り返していました。

 そうやって世界中の様々な地域の素材を試しているうちに、大事なことに気が付きました。
 そもそも、植物は芽を出したら基本的にその場所で一生を過ごす事になります。日照りも嵐も虫も獣も、自分の足で避けて身を守ることができません。そのため、生き残るために必要な知恵を自分の身体に備えるようになっている。その知恵が、人間にとっては「薬」や「毒」となって働きかけているのです。
 と、いうことは…世界中の目に入る限りの植物のどれもが「何らかの働きかけを既に持っている」ことになります。どの植物が自分たちにとって効果的に働きかけてくれるものなのか知り尽くすなどということは、望んでも到底かなわない仕事です。

 ですが、困難に見える物事にも、シンプルな「大前提」がちゃんとあることに気が付くと、解決の糸口がすっと手に入ることがあります。
 ここで言う大前提は、「身近な物から知る」ということ。むやみに遠くの国の見た事もない薬草を探す前に、昔から身近に親しまれている素材に目を向ける事が大事。それに気が付いたきっかけは、それまでに買い集めた世界中の薬草を、世界地図の上に置いてみた事でした。

 紫外線の影響が強く出る赤道近辺の地域では、紫外線から肌を守る働きのある植物バターやオイルの取れる実がなっています。乾燥しやすい地域は、保湿成分を豊富に含むオリーブオイルの特産地。
 そして豊かな四季のある日本は、暑い夏に体温を下げる瓜類、寒い冬には体を温めてくれる根菜がおいしく食べられる。
 少し落ち着いて足元をちゃんと見てみよう。そんな話を母としていたら、亡くした祖父が本棚に残しておいてくれた古い薬草図鑑が目に留まり、気になって手に取りました。
 薬草が50音順に紹介されている辞典のような内容で、最初に記されていた薬草は「あゐ(藍:タデアイ)」。タデアイはすでに両親が栽培をしていた、藍染めの染料となる原料植物です。薬草としての側面を持つのだということを、この時初めて知りました。
 記載されている薬効を読み解くと、ダメージを受けた肌の回復を助けてくれたり、炎症を抑えてくれることが期待できそうでしたので、夫用の石けんを作るのに適しているのではないかと期待を膨らませ、早速試作を始めたのです。

 実家の裏の勝手口を出ると、すぐ目の前が藍の畑です。
 こんなに身近な植物が、探し求めていた素材かもしれないことに興奮しました。多少の試行錯誤が必要でしたが、結果的に夫の肌にとても良く働きかけてくれる藍色の石鹸が完成しました。これが、身土不二なんだろうなぁ…音楽の修業中にこだわって頭から離れなかった「ルーツ」にもつながることだよなぁ…そんなことを考えながら、まずは家族の定番アイテムを作ることができた達成感に満足していました。(販売するつもりは全くありませんでした。)

2、とうとう藍の使者になる

 そうして生まれた「藍染め石けん」をメイン商材に会社を立ち上げてから、藍が持つ可能性をできるだけ引き出そうと奔走するうちに、この素材が持つとても面白い側面と、欠点になっている側面とを把握するようになりました。

 とても面白い側面というのは、とにもかくにもその薬効です。会社の立ち上げ当初、日本国内で少しずつ興味深い検証が試みられるようになってはいましたが、藍の薬効に関する資料の蓄積はまだほとんどなく、民間伝承の域で立ち止まっている素材でした。ですが、とにかく「なぜ今まで知られていなかったのだろう」「なぜ今まで誰も手を付けていなかったのだろう」と思うような働きかけ(後程改めて詳細を書きます)が、この素材に含まれていると分かってきました。

 欠点になっている側面というのは、「加工しなければ使用できない素材」であること。とにかくこれは面倒な欠点です。収穫したままの「葉」は、ほとんどの場合そのままを使うことができません。染料である「すくも」にするか、顔料である「沈殿藍」の粉末にするか…何に使うのかによって、加工の仕方も変わります。
 そう言った性質上、国内の藍作農家はほとんどが染料に加工する藍師さんの契約農家で、栽培した葉のほぼ100%が染料に加工されるようになっています。(だから、染料以外の応用方法が発達していなかったのですよね…)

 面白い側面、欠点となっている側面、それぞれを把握したうえで自由に動くには、臨機応変に原料提供してくれる農家の存在が不可欠。実家が藍農家であることの強みがここで生きてきます。藍の「秘密の実験」を行うことができるのは、私が「藍農家の娘」だから……そんなことを考えている最中に現れたのが「よっさん爺さんの棟札」でした。

 私が探していた「ルーツ」。ここでピッタリはまった気がしました。
 ステージに立つのは私ではなく「藍」そのものです。その働きかけを存分に発揮して、日本の暮らしの役に立ち続けるスーパースター。私はその藍の手足や代弁者となって奔走する、マネージャーのような存在でしょうか。もう少し別の表現を使えば、藍の言葉を伝える「使者」。そうだ「藍の使者」になろう。ああ、私はやっぱり、「ルーツ」を昇華するプレーヤーのステージを眩しく眺め続ける側の人間なのだなぁ…でも、とっても満たされた気分なのです。よっさん爺さんが私を導き続けていたのだとしたら、私は喜んでその計らいに乗ってみようと思ったのです。(ちょっと回り道が過ぎている気もしましたが。)

 2015年の40歳の誕生日、出張先の東京のある神社にお参りしてまいりました。
 いつも神社ではお願いごとをするのではなく、無事に暮らせている事へのお礼をお伝えすることにしているのですが、この日は少し違った目的で向かいました。願掛けです。
 ある俳優さんが、大好きなお酒を断つ代わりに、俳優の仕事を続けさせてくださいと神社で願掛けをしたら、次の日に人生の当たり役を演じ続けることになる電話がかかってきた。という話を聞いて「映画評論家の淀川さんも同じようなことをしていたな…」と思い出し、藍は神様に近い素材でもあるし、決意表明をしに行こうと思ったのです。
 「大好きなチョコレートをもう食べません。その代わり、藍の仕事を続けさせてください。」
 さようならグリコ。さようなら森永。さようならゴディバ。さようならピエール・マルコリーニ…
 今では、お店やカフェでチョコレートの甘い香りをふとかぐたびに、心の中でチョコレートを神様にお供えして、藍の仕事を続けられていることに感謝するようにしています。

 これでひとまず、私の長い自己紹介は終わりです。
 
 ちなみに、願掛けに行くきっかけとなった話の俳優さんは渥美清さんで、かかってきた電話で彼がゲットした役は、日本で知らぬ人のいない「寅さん」です。 

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