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大風呂敷を広げる

大風呂敷を広げるとは、
実現するはずもないほらを吹いたり、
大げさなことを言ったり、計画したりすることをいう。

人生では、時に大局をみて、大きな流れを
イメージする時がある。
大風呂敷を広げる時である。
でも、ほどなく真っ暗闇を経験する。
大風呂敷を広げたばかりに。
ただただ後悔だけが残るんだ。

そんな真っ暗闇の中にいた自分に一筋の光が
射すような瞬間がある。

自分の中で、今までの逆境や困難の理由が
理解できるようになってくる。
説明できるようになってくる。
飲み込めるようになる。
そんな瞬間がくるんだ。

状況は何ら変わっていない。が、
自分では「ほっ」とした。そんな感覚があるから
不思議である。
絡んでいたヒモがほどけてゆく感覚がある。
何ともなっていないのに、
「何とかなる」という感覚が芽生えてくる。
そんな感じなんだ。

しかし、こんな感覚の時は、要注意である。
周囲の人は、自分が見た一筋の光なんて
見えていないからだ。
ヒモがほどけてゆく感覚なんてものも
まったく感じていない。

それなのに、自分だけホッとした勢いで、
鼻歌歌っているようじゃ、周囲は逆にいらだつんだ。

あとは、時間が解決してくれる。
そういうことなんだ。
周囲もやがて困難の意味に気付いてくる。
ホッとする瞬間がくる。
ただし自分とはタイミングが違う。
そのことを忘れてはいけない。

大風呂敷を広げ、「やっちまった」「しまった」
「どうしよう」って後悔してしまうことはある。
でも、やっぱり人生は、どこまでもGIVERである。
大風呂敷広げて良かった。
そのことに気付いた瞬間は、たまらない。

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小田島裕一「オダジ」

札幌にて15年間中学校教師として勤務。青年海外協力隊参加を機に退職、ウガンダ共和国にて2年間、青少年に野球指導を行う。指導したウガンダ高校生は、2008年に札幌ドームでの親善試合に招聘された。著書に「日本人という生き方」が ある。㈱インディヴィジュアル 代表取締役
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