UXD Healthcare2019 in Amsterdam ②
カンファレンス1日目が終わりました。
ふぅぅぅぅ。
ふぅぅぅぅ(2回目)。
私は英語がペラペラーなわけではなくて、むしろ出川イングリッシュ感がすごいのですが(基本伝わればいいやスタンス)、コーヒーブレイクの時間もランチの時間もそんなことはもちろん相手が知る由もなく、普通にガンガン話しかけられるので、オールイングリッシュでmanyコミュニケーション。
大変勉強になります、はい。
このカンファレンスは医療関係プロダクトやサービスに携わっているリサーチャー、ユーザビリティエンジニア、UXデザイナーが多いです。
当たり前か。
だから話していても共通の悩みだなと思うことがちらほら。
それに少し安心と仲間意識がもてて、ぼっちだけど寂しくならずに楽しく過ごせています。
さて、今日一番心に刺さったこと&考えさせられたこと。
脳卒中の治療にあたる臨床医のコミュニケーションツールをデザインするときに学んだことという内容でAtike Pekel (Senior UX Designer)が
医師は人間であり、次々に流れてくる情報を同時に処理できるコンピュータではない
と話していたんだけど、これがまさにもうその通りすぎて。
一刻を争う状況下において、不足の事態に備えて刻一刻と変化する多くの情報を得ながら適切な診断を下し処置をしなければならない医師に対して
システムが何かを求めるのではなくて、システムがそのサポートをしてあげられる存在になっていなければならないよね。
そのためには相手のコンテキストや行動を観察してリアルを理解・把握をする必要があって、
これもまた別のスピーカーが(何人も口を揃えたかのように)話していたのですが、
ヒアリングした?だから何だ。
現場を自分の目で見たのか?
彼らのリアルを観察をしてはじめてその問題の本質が何か、
そしてそれをどのように解決すべきかが分かる
と。
聞いただけじゃ分からないことが多いのは事実。
口から出てきた言葉っていろんなバイアスがかかってしまっていて、妙にキレイになってたり、正論だったり...
それを鵜呑みにして“きっとこういう機能や情報があったら便利だろう”というのは、ユーザー視点という名の“私たちの理想論”を相手に押し付けているだけであって、現実と乖離した理想が医師の業務を阻害したり、負荷になってしまうことだって十分あると思う。
じっくりと観察し相手のコンテキストを理解して行動を分析しなければ、彼らのジャーニーに合わせてどのタイミングでどの情報をどのような形で提供するべきなのかなんて結局分からなくて、
情報量を正しくコントロールし、素早くそして正確に伝わる形で設計する適材適所のデザインすることは、私たちテクノロジーを提供する側がしっかりとやらなくてはならないところだよね、ということを改めて強く感じた。
自分の目で見て相手をよく知ること、そして共感すること。
デザイン思考でも人間中心設計でもそこが一番最初のステップだ。
一番大事なことで、
でもたぶん一番できていないところ。
Let's start empathize!
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