「無理のない支援」に挑んで2ヶ月経ったいま、思うこと。

今からちょうど2ヶ月前、「児童養護施設で育った子どもの未来を、他人事にしないため、まずは100人に伝えたい」講演会   というイベントを行ないました。
※たくさんの方に足をお運びいただきました(イベントレポートはこちら

あれから2ヶ月。

「無理のない支援」がしたくて一歩を踏み出した私は、あのイベントを通じていったい何を得たのか、何を感じたのか、あらためて、振り返ってみました。

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分かったこと①「分かりにくい」=悪だ、ということ

そもそも、なぜ今回、クラファンをしようと思ったのか。
それは「支援」なんて、私ごときがするべきなのか? という問いに向き合った話にも書きましたが、

・「いつか支援したい」って思いはあっても、今日死んでしまったら、一生出来なかったことになるな、と思ったから

・でも、生活や自分の時間を犠牲にせず、誰にも無理強いせず続けられる支援のカタチを考えたかったから。(ボランティアで身を削るカタチにはしたくなかったから)


もちろん、「身を削るボランティア=悪」なのではなく、

・支援なんて頭にない、普段の生活で意識してない層にも、フツーに支援に加わって欲しい。人それぞれのモチベーションで活動に参加して「あれ、結果的にギブしてた(支援してた)」ってイメージが一番いいかなと思ったから

です。そこにはいま注目されている、クラウドファンディングというカタチがよいのでは、と思ったんですね。

私ひとりが叫んだところで、知ってもらうのに限界があるから。
支援する人も潤う「リターン」という仕組みなら、活動側も犠牲を伴わないし、支援金が多く集まれば、組織に寄付金も出せるかもしれないから。

・・・でも。

ここまで書いても結局「わかりにくい」ですよね。

そう、わかりにくかったんです、わたしの活動。気持ちはあっても分かりにくい。わかりにくいから、結構誤解をうみました。

・「松本さんがNPO法人作ったの?」=ちがう、ちがう
・「この支援活動って、百貨店とかが場所貸してやってる催事みたいなもの?」=ちがう、ちがう
・「支援金って全額寄付されるの?」=ちがう、ちがう

この支援活動で、何回「違う違う」って言うたかw 結構説明したけど、伝わってなかったのかもですね・・。誤解を与えた方にはホント申し訳ない気持ちです。
そして、お忙しい時間を割いて、分かりにくい説明に付き合ってくださった皆さん、本当に感謝です…。

一般的には、支援=無償や犠牲の上になりたつものであることが、まだまだ社会的な通念。
「無理のない支援」という分かりにくい理念を広めるには、も少し小規模の範囲で、自分の手の届く範疇で、まずはフィジビリでやってみるべきだったと、いま思っています。


②そもそもtodoが自分のキャパを超えてた

わかりにくいだけならまだしも、この支援活動、todoがやたら多いチョイスをしてしまいました。「やりたい!」って思ったらすぐ動いてしまう私のクセ…。反省です。

●たくさんの人に聞いてもらいたいから講演会をした。
→講演会の広報しなきゃ。
→キックオフイベントもやらなきゃ。予約しなきゃ、場所探さなきゃ。
→SNSでも広報しなきゃ。

●誰にも無理や負担を強いたくないかったから、支援が生じるクラファンを選んだ。
→コスト計算大変。
→リターンの交渉大変。
→支援金配分の考え方を伝えるの大変。
→そもそも松本が数字苦手(これ問題!)


自分個人の活動なのに、会社の従業員使わないと出来ないキャパ・・。
普段の経営でも、庶務のメンバーに普段から助けられている計算音痴の私が、収支報告が義務づけられているNPO法人様に支援コラボを申し出たこと自体が、そもそも浅はかだったなあと思います。
結果的にメリーミーズ様側にも、今なおご迷惑をかけることになってしまっております。(領収書の提出が遅れる、経費の収支があわない、など…)
本当に申し訳ありません。

でも上記2つの気づきを経て、いまこう思っています。

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私にできる「無理のない支援」を、
やっぱり続けていきたい。
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今回の支援、そもそも「知って欲しい」、ここにもっと注力すべきだったな、と。

こないだ、メリーミーズさんお会いしたら、先日のイベントを通じて新しい里親企業さんの出現だったり、新しい動きはまだないとのことでした。

もしかしたらクラファンじゃなく、知ってもらうためにできた「無理しない支援」って、ほかにもあったかもしれないな、と。講演から2ヶ月経ったいまそんなことも思っています。

クラファンに参加いただいた方には、本当に本当に感謝の気持ちしかありません。これでよかったのかな、私はもっと他に何か出来たのかもしれないな、と主催者として思っている、ということです。

例えば、無理しない=ギブアンドテイク=クラファンでのリターンやお金という還元、ではなく、もっと無形のメリットが巡るカタチ、とか。

うまく言えないんですが実際、今回、広報活動って松本だけは無償で動いたのですが、「出逢い」というメリットがありました。このイベントをしなかったら、いままで出逢ったことのない人と出逢えたり、お久しぶりの方もいたり。

そういうメリット。

今回はただ知って欲しかったんです。

私が母になる前、思いを馳せたことのある、親に恵まれなかった施設の子どもたちのことを。

施設を出た子どもたちのために、普段から心血注いでいるメリーミーズさんの活動を。

お金を稼ぎたかったワケじゃなく、知って欲しかったワケです。
そして、無理をしない支援のカタチがあるんだと、可能なんだと証明したかったワケです。

でも結果は100%ではなかった。最初から完璧になるはずもないんですが、自分の中で「親に恵まれない子どもたち」は、大きなテーマだっただけに、2ヶ月経ったいま、「もっと変化を産み出せていた、違うカタチがあったはず」そんな風に悔しく思えてならないのです。

だから続けます、これからも。牛歩でも。

この貴重な経験を踏まえて、次の一歩をどちらの方角に、どの歩幅で出すべきか、模索しています。





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