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⾐裳から⾒る「甲斐荘楠⾳」


甲斐荘楠⾳《島原の⼥(京の女)》⼤正 9 年

美術家森村泰昌氏より、甲斐荘楠⾳《島原の⼥》をテーマにした作品の⾐装制作を依頼される。
本文は、その依頼を受け絵画に登場する⼥性について調べた際の問題点を検討したものである。

島原の太夫


「島原」は、京都にある⽇本最古の花街として知られている。
着物の襟を返し⾚い裏地を⾒せていること、前帯をしていることから、この⼥性が島原の遊⼥であり、その中でも「太夫」ではないかと考える。
太夫とは、遊廓における遊⼥の最上の階級名で、中国の官制に倣った官位に由来し、芸事に携わる⼈間の敬称に⽤いられた。遊⼥、芸妓における太夫の称号は江⼾時代初期に誕⽣したといわれている。遊⼥といえば、花魁をイメージするが、花魁と太夫とは別で、太夫は「⾊を売る」ことは無かったといわれている。かつて太夫は京都の島原、江⼾の吉原、⼤阪の新町、⻑崎の丸⼭などの⼤遊郭にのみ存在した。現在は唯一、島原で芸妓として伝統を伝えている。

⼤正時代の太夫の装い


《歴世⾵俗印画集》 


甲斐荘楠音《春宵(花びら)》大正10年頃 京都国立近代美術館


《島原の⼥》が描かれた⼤正時代の島原太夫の装いを『歴世⾵俗印画集』(大正13年、⾵俗研究会発⾏)から見ると、現在の島原太夫と装いが共通している。それは《春宵(花びら)》《花に酔》などとも共通している。
しかし《島原の女》と⾒⽐べると鬢が張った髪型は共通するものの、簪などの指物のが少なく、また簪の形状が異なることに気がつく。《島原の⼥》の鼈甲の簪は、⽿かき型で紋がない。この指物の特徴は、吉原などの東⽇本の遊⼥に使われることが多く、島原ではあまり使われることがない。演劇に詳しく、映画⾐装の歴史考証をした甲斐荘が、指物を間違えるとは考えにくい。では《島原の⼥》は、太夫ではないのだろうか。

かしの式


甲斐荘楠音《悪女菩薩》大正13年頃


太夫に扮する楠音 京都国立近代美術館

甲斐荘楠⾳の《悪女菩薩》は左⼿に盃をもち⼿を挙げる仕草。太夫が客と接⾒する際に盃を使って名を告げる儀式「かしの式」の様⼦を描いていると考えられる。ただ、絵の中では盃を持つ⼿が左に描かれており、右⼿に盃を持つ「かしの式」の作法とは異なる。太夫に扮する楠⾳を⾒ても、盃を持つ⼿が左。甲斐荘は左利きだったのか。
ダゲレオタイプ(銀版写真)の場合は左右反転する特性があったとされるが、着物の襟の左右の合わせは正しい。左⼿に盃を持つ姿は、なんらかの意味を持っているのか? 招かざる客が⽬の前に居るのだろうか?それとも鏡の中の異世界の姿なのだろうか?

模様の意味


森村氏より、《島原の⼥》の⾐装に意味があるのか、調べるよう依頼があった。

甲斐荘楠音《横櫛》大正5年頃 京都国立近代美術館

甲斐荘の代表作《横櫛》は「処⼥好浮名横櫛」の登場⼈物を真似る兄嫁を描いており、《島原の⼥》も歌舞伎の登場⼈物である可能性を考えた。《島原の⼥》は、桜の⼩紋の着物に前帯をしている。島原の遊⼥の代表といえば


伊藤深水《吉野太夫》昭和41年

「吉野太夫」である。京都で⾏われる⾵俗⾏列が有名な時代祭でも、吉野太夫は桜の着物を⽻織り練り歩く。吉野太夫とは、⼤阪新町の⼣霧太夫、江⼾吉原の⾼尾太夫、とともに寛永三名妓と称され、井原⻄鶴の『好⾊⼀代男』にも登場する有名な遊⼥である。吉野太夫は、10代まで続いたとされるが、それ以降の記録はない。甲斐庄が絵を描いた⼤正 9 年に、吉野太夫が存在したのかは定かでない。
太夫の装いも時代によって変わる。江⼾時代を通じ、ますます豪華になり幕末を迎えた。すでに述べたように《島原の⼥》の装いは、現在の太夫とも、⼤正時代の太夫とも違う。

喜⽥川守貞『守貞漫稿』


江⼾末期⾵俗を記した喜⽥川守貞による随筆『守貞漫稿』を参考にする。
太夫の装いについて記された⼀節
「簪は、京阪無紋にて図の如く〜」
「帯を⼼字に横⻑に結ぶ」
守貞漫稿の内容からから、江戸末期の関西の太夫の装いと一致することがわかる。《島原の女》は、大正時代には存在しない、過去にいたであろう絶世の美女「吉野太夫」に想いを抱き、絵を描いたとは考えられないだろうか?

参考:
  『歴世風俗印画集』⾵俗研究会発⾏
  『京・嶋原太夫』 石原哲男著、京都書院
  『守貞漫稿』喜⽥川守貞
   風俗博物館


NHK Eテレ:日曜美術館

特集 異色の日本画家、甲斐庄楠音展

https://www.nhk.jp/p/nichibi/ts/3PGYQN55NP/episode/te/K9W29JWV2G/

  • 2023年7月30日(日) 9:00−10:00

  • 2023年8月6日(日) 20:00-21:00 (再放送)


甲斐荘楠音の全貌 

絵画、演劇、映画を越境する個性


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