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受験マニア:真っ白になるまで

医学部再受験の話ばかりが取り沙汰されているのだが、世の中には、医学部から医学部への再受験生がいる。
40年前に秋田大学医学部に入学した南木佳士氏の同級生も、1割ぐらいが、秋田大学から他大学医学部に、再受験に成功して逃げてしまった。
キャリア選択ミスではない。どこの医学部を出ても、何ら、キャリアに変化はない。医師国家試験に合格した時点で、全員が平等だ。

なぜこんな無駄なことをしたがるのか?

南木佳士氏は、秋田があまりにも僻地だったから、首都圏へのあこがれがあったのだと回想しているが、そうでもあるまい。秋田大学(秋田市)から東北大学(仙台市)なんて移動に大して意味があるはずがない。

東大でも、早稲田大学文系から東大文系、慶應義塾大学から東大文系といった、全く無意味な再受験入学組がいる。これなどは地域は同じで、大学の「格」が上がるだけだ。

元新潟県知事の米山隆一氏は、東大理3卒で医師免許取得で博士号取得しても終わることができず、司法試験、弁護士登録、米国医師免許取得、米国臨床医、さらに政治家までやっている。

米山隆一 (政治家) - Wikipedia

米山氏は、知能は非常に優秀だが、キャリアだけみたら、ただの受験マニア、資格マニアだ。

どれを本業にするのか決めることができず、腰が定まらなくて、あちこちに首を突っ込んで、イッチョカミの資格や経験だけ積み重ねている。転職ばかりしているので、ずっと同一のキャリアを追求した人の業績には、全く太刀打ちできない。

こういう、キャリアアップになるわけでもない大学受験や資格試験をしたがる人たちの共通点は、「苦労してない現役合格者」である。知能指数的に優秀なので、難関試験に合格しても、苦労していなくて、達成感が出ないのだ。

受験勉強は、「やりきった感」「適度の苦労」がないと、合格のみでは終われないものであるらしい。

受験マニアがマニアを止めて、地に足のついたキャリアをはじめるには、苦労するしかない。時間、金、疲労、周囲のやれやれ感。こういったものの合計が閾値に達して、ようやく終わることができる。

「あしたのジョー」というボクシング漫画がある。
ボクサー矢吹丈は、世界タイトルマッチを前にして、すでにパンチドランカーである。
脳震盪の蓄積、びまん性軸索損傷によって、廃人寸前である。
それでも試合に出る、戦い続ける理由を、矢吹丈は「まだ真っ白になってないから」と表現している。

小中高12年かけて刷り込まれた受験衝動は、真っ白にならないと止められないのだ。

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