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琉球廻戦 8

【捌】


「…もうそろそろ勘弁してくれんか。その甕一杯で末端価格100万はくだらん高級酒なんじゃぞ。」 

粟国は彦に酒をやったことを後悔しながら言葉も通じないであろうオランウータンに懇願していた。彦は愚米仙を50Lは飲んだであろうか。凡人ならばコップ一杯飲めば廃人と化す魔酒をである。

しかし突然酒を呷る手をピタリと止めたかと思うと、彦は先刻自らが突き破って闖入して来た酒蔵内の大穴へと視線をやった。彦の体毛が一瞬逆立ったように見えた次の刹那、彦は島袋を担いで上空へと跳んでいた。

島袋はのちに、この時彦が自分を担いで跳んでいなければ今の自分は無かったと語っている。島袋はこの時はっきりと明確に、彦は自分を守ってくれているのだと実感した。

大穴の暗がりから突如として高速で接近して来たのは槍のような物体である。

ズボォ!!

槍のような物体は粟国の下腹部を俊速で突き破り、反対側の壁に突き刺さって止まった。

「ひえぇ…」

粟国が突き破られた自らの下腹部を見て声にならない悲鳴をあげたかと思うと、パキパキと音を立てながらその身を萎め始めた。

「ぴぃぃ…」

粟国の身体が枯れた流木の様に細くなり、血管が皮膚の上からでもハッキリと分かるほど浮き上がったかと思うと、やがてパシュンと音を立てて全身がバラバラになって床に散らばった。散らばった残骸はやはり大穴から侵入して来た隙間風に攫われて、沖縄の大自然へと還って行った。

彦は島袋を屋根の垂木の上に避難させ、自らは再びもと居た場所へと降り立った。

「会いたかったでぇえ!!彦!!!」

沖縄には似つかわしくない関西弁の男の嬌声が聞こえると同時に、粟国を吸い尽くした槍はシュルシュルとその身を縮めていき主人の口の中へと仕舞い込まれた。島袋は俄には信じ難かったが、今しがた老人を殺害した槍はあの生き物の舌だったらしい。

穴の奥から現れたのは威勢のいい関西弁の男と、ドッペルゲンガーのように瓜二つの一重瞼の短髪男が2人、そして人間の範疇を大きく逸脱した容貌の1体の魔人だった。

「彦ぉ、ワシや、暑川や。覚えとるやろ?ええ子やから今からワシと一緒に、お家に帰ろうなぁ…」

暑川と自らを名乗った男は涙目で彦にそう語りかけるや否や、隣にいたドッペルゲンガー2人に怒鳴った。

「舞浜兄弟!!その化け物に命令せい!!」

舞浜兄弟と呼ばれた2人の男の片方が、魔人にこれまた大声で怒鳴った。

「その猿を止めろ!!」

すると先程粟国をその舌で葬った魔人は、上体をグググと大きく仰け反らせ始め、ピタッと止まったかと思うと勢いよく上半身を前方に突き出して口から槍のような舌を彦に向けて発射した。

発射された舌は亜音速で酒蔵内を突き進み、彦の脇腹にズグンと音を立てて突き刺さった。しかし粟国の時と異なる点は、舌が貫通していない。

「?」

魔人は少しばかり動揺しているように島袋からは見えた。

彦は脇腹に突き刺さった魔人の舌を両手で掴み、おおきく振りかぶって魔人の体を舌ごと振り回しながら後方に叩きつけた。

「母さん!!」

先程魔人に命令したのとは別の方の舞浜が叫んだ。魔人の正体は舞浜と呼ばれた兄弟の母親であるらしい。


「あ、こらあかん」


暑川が舞浜母の叩きつけられた先を見てそう言った。

舞浜母が叩きつけられた先は500立法メートルもの愚米仙が貯蔵されている巨大甕であり、その甕が舞浜母の巨体がぶつかった衝撃でビキビキと音を立てて崩壊し始めた。

島袋は垂木の上から眼下に広がる地獄を見た。甕から漏れ出した大量の愚米仙が、小学生がプールの時間に浴びる「地獄のシャワー」の如く酒蔵全体に降り注いだのである。

彦はキャッキャと子供のようにはしゃぎながら、天から降り注ぐ愚米仙を文字通り浴びるように飲んでいた。

しかし暑川、舞浜兄弟の3人の様子はそれとは違っていた。

舞浜母の叩きつけられた位置は巨大甕の上の方の部分であったが、それでもおおよそ100立法メートル程の愚米仙が放出されたはずである。コップ一杯飲めば平静を保っていられない愚米仙を、3人は豪雨の如く浴びた。

巨大甕から吹き出した愚米仙が次第に勢いを失いチョロチョロと雫を酒蔵に落とすようになった頃、静寂が訪れた。

3人はびしょ濡れのままその場にピタリと釘付けになっている。

暑川は着ていたスーツを全て脱ぎ捨てて全裸になったかと思うと、茫とした表情で呟いた。


「551がある時〜。」


そう呟くと暑川は自らの右耳を引きちぎって口に入れ、頬張った。



つづく


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